2024年3月13日、イーサリアムは大型アップグレード「デンクン」を本番のネットワークで有効にした。その日の終値は4,006ドル。1週間後の3月20日には、世界最大の資産運用会社ブラックロックが初のトークン化ファンド「BUIDL」をイーサリアム上で立ち上げた。技術の前進と大手金融の参入が、同じ週に重なったのである。ところが、BUIDLの立ち上げ当日にイーサリアムはすでに3,513ドルまで下げており、デンクンから30日後には3,243ドルと19.1%安くなっていた。
2年7カ月後の2026年10月19日、米JPモルガン・チェースのブロックチェーン部門キネクシスが、ドル預金を表すトークン「JPMコイン」をイーサリアム本体(レイヤー1)で使えるようにしたと発表した。その3日前には、イーサリアム財団が次の大型アップグレード「グラムステルダム」を10月26日にテスト用ネットワークで有効にすると告知している。構図は2024年3月と韻を踏む。だが、価格の出発点がまるで違う。20日19時44分(日本時間)のイーサリアムは2,381ドル前後で、円建てでは約37万6,000円。2025年8月24日に付けた取引時間中の史上最高値4,946ドル(コインゲッコー)から52%安い水準にある。
イーサリアムの価格と大型アップグレード(2022年8月〜2026年10月)
読み方:点は本番で有効になった日。デンクン(2024年3月)は上げの頂点に近く、そこから下げた。現在は2,381ドル前後で、終値ベースの最高値(2025年8月22日の4,831ドル)から51%安い。出所:米ヤフー・ファイナンスの日足終値(協定世界時、14日ごとに抽出)。最新点は10月20日19時44分(日本時間)の時点値。
今回のニュースは何か:JPMコインと次のアップグレード
JPモルガンの発表から確認する。JPMコイン(JPMD)は、同行に預けられたドル預金をブロックチェーン上で表したトークンである。2025年11月に、イーサリアムの上に作られた別のネットワーク「ベース」(レイヤー2)で最初に発行された。今回、その流通先にイーサリアム本体が加わった。同行は「法人顧客は、ベースに加えてイーサリアム上でも、迅速かつ安全に資金を動かせるようになった」と説明している。
注意したいのは、使えるのがJPモルガンの法人顧客に限られる点だ。誰でも持てるステーブルコインとは違い、個人投資家が買える商品ではない。キネクシス全体の処理額は累計4兆ドル超、1日平均70億ドルと同行は公表しているが、JPMコインがイーサリアム上でどれだけ動いているかは開示されていない。
グラムステルダムは、2025年12月の「フサカ」に続く大型アップグレードである。財団の告知によると、テストネット「ホーディ」での有効化は10月26日17時42分48秒(協定世界時、日本時間27日2時42分)。同時にホーディの1ブロックあたりのガス上限(処理できる計算量の上限)を2億に引き上げる。中身は、ブロックを組み立てる役割の分離をプロトコルに組み込むこと(EIP-7732)や、取引を並行して検証しやすくするブロック単位のアクセスリスト(EIP-7928)などだ。テストネットの「セポリア」では10月6日にすでに有効になった。ただし財団は、本番での有効化の日付は「まだ決まっていない」と明記している。
2024年3月と2026年10月の対照表
同じ点と違う点を2列で並べる。韻を踏んでいるのは「材料の種類」であり、「相場の位置」はほぼ正反対である。
| 項目 | 2024年3月(デンクン+BUIDL) | 2026年10月(JPMコイン+グラムステルダム) |
|---|---|---|
| 大手金融の動き | ブラックロックがトークン化ファンドを発行(3月20日) | JPモルガンが預金トークンをイーサリアム本体へ(10月19日) |
| アップグレード | デンクンが本番で有効(3月13日) | グラムステルダムはテストネット段階。本番の日付は未定 |
| 材料が出るまでの30日間 | デンクン前の30日で+50.7% | 9月21日の終値2,776ドルから約14%安 |
| 史上最高値との距離 | 当時の最高値(2021年)まで2割弱 | 最高値(2025年8月)から52%安 |
| 現物ETF | 米国ではまだ承認前(取引開始は2024年7月) | 上場済み。10月は資金流出が続く |
| 同じ点 | 技術の前進と大手金融の参入が1週間以内に重なった。どちらの材料も、すぐに個人の需要を生む性質のものではない | |
当時その後に起きたこと
2024年3月を時系列で追う。イーサリアムはデンクンを前に買われ、3月11日に終値4,066ドルを付けた。デンクン当日の13日は4,006ドル。ここから下げ始め、1週間後のBUIDL立ち上げの日には3,513ドルと12.3%安くなっていた。大手金融の参入というニュースは、下げを止める力を持たなかった。BUIDLから30日後の4月19日は3,059ドルで、立ち上げ当日からさらに12.9%下げている。
当時の値動きは「うわさで買って、事実で売る」の典型だった。アップグレードへの期待は事前に価格に織り込まれ、実現した瞬間に利益確定の売りが出る。では、これはデンクンだけの現象なのか。過去5回の大型アップグレードを同じ物差しで測ってみる。
本番の有効化から30日後の値動き(有効化当日の終値比)
読み方:5回のうち4回は、30日後に当日を下回った。例外のペクトラは関税をめぐる緊張の緩和とリスク資産全体の上昇に重なった。BUIDLはブラックロックのトークン化ファンドの立ち上げ日。出所:米ヤフー・ファイナンスの日足終値から本誌計算。
5回のうち4回で、本番の有効化から30日後の価格は有効化当日を下回った。2022年9月のマージ(13.4%安)、2023年4月のシャペラ(5.9%安)、2024年3月のデンクン(19.1%安)、2025年12月のフサカ(2.1%安)である。例外は2025年5月のペクトラで、30日後に36.7%高かった。ただ、この時期は米国の関税をめぐる緊張が和らぎ、リスク資産全体が買われていた。ペクトラだけで説明できる上昇ではない。
「今回は違う」論を検証する
今回は違う、と言える根拠は2つある。1つ目は、事前の上げがないことだ。デンクンの前の30日でイーサリアムは50.7%上がっていた。今回は逆に、9月21日から約14%下げた後である。期待が織り込まれていなければ、「事実で売る」売り手もいない。2つ目は、グラムステルダムがまだテストネットの段階にあることだ。本番の日付が決まれば、それ自体が新しい材料として期待を集める余地が残っている。
一方で、違わない点もある。JPMコインは法人顧客向けで、BUIDLも機関投資家向けだった。どちらも「イーサリアムの上でお金が動く」ことを示すが、イーサリアムそのものを買う需要とは直結しない。手数料(ガス代)としてイーサリアムが使われる分の需要はあるが、規模は開示されていない。さらに足元では、現物ETFからの資金流出が続いている。コインテレグラフがソーソーバリューの集計として伝えたところでは、先週のイーサリアム現物ETFは3億2,000万ドルの流出で、3週連続のマイナスだった。19日も1億ドル規模の流出だったと報じられている。
市場全体も冷えている。コインマーケットキャップによると、暗号資産の時価総額は20日19時40分(日本時間)時点で2兆7,190億ドル。1年前の2025年10月27日に付けた3兆8,700億ドルから約3割減った。ビットコインの比率(ドミナンス)は60.17%、イーサリアムは10.70%である。イーサリアムとビットコインの交換比率は0.0293前後で、資金はイーサリアムよりビットコインに向かっている。ビットコイン側の値動きは19日の記事にまとめた。
もう1点、不安材料も報じられている。データ分析のオンチェーン・レンズによると、2026年4月に分散型取引所ドリフトを攻撃した人物のウォレットが、約2カ月ぶりに少なくとも1万3,400イーサ(約3,200万ドル)を資金洗浄に使われるサービス「トルネード・キャッシュ」へ送った。ドリフト側の公式な発表は確認できていない。価格への直接の影響は小さいとみられるが、まだ約9万4,000イーサが同じウォレットに残っているとされる点は記憶しておきたい。
歴史が示す3つの教訓
教訓1:アップグレードは「当日」より「前」に効く。過去5回のうち4回は、有効化の30日後に価格が当日を下回った。逆に言えば、上がるとすれば本番の日付が決まってから有効化までの期間である。グラムステルダムはその日付すらまだない。いま買う理由にするには早い。
教訓2:大手金融の参入は、価格の底を保証しない。2024年3月のBUIDLは、イーサリアムの「金融インフラ化」を象徴するニュースだったが、その後30日で12.9%下げた。JPモルガンの発表も、イーサリアムの長期的な使い道を広げる話であり、短期の需給を変える話ではない。
教訓3:例外は外部環境が作る。ペクトラの後の36.7%高は、関税をめぐる緊張の緩和という外の追い風と重なっていた。今回、外の環境は向かい風である。米金利は高く、AI関連株への疑念で株式市場のリスク選好も弱い。追い風が吹くとすれば、それはイーサリアムの外から来る。
今回固有の監視点とシナリオ
歴史が教えるのは傾向であって、答えではない。今回の局面で見るべき点を挙げ、本誌の見通しを確率で示しておく。17日のイーサリアム見通しでは2,320ドルを下値の目安に置いた。その水準は今回も生きている。
| シナリオ(11月中旬まで) | 確率 | 想定する値動き | きっかけ |
|---|---|---|---|
| もみ合い | 45% | 2,250〜2,600ドル | ホーディでの有効化は予定どおり、ETFの流出が細る |
| 下値を試す | 35% | 2,000〜2,250ドル | 2,320ドルを終値で割り込み、ETFの流出が続く |
| 戻りを試す | 20% | 2,600〜2,800ドル | 本番の日付が決まる、ETFが流入に転じる |
- 10月27日2時42分(日本時間)のホーディでの有効化。問題なく通れば、次は本番の日付の発表が焦点になる。不具合が出れば日程は後ろにずれる。
- 現物ETFの資金の流れ。流出が4営業日続いている。流入への転換が、下値が固まった最初の合図になる。
- イーサリアムとビットコインの交換比率0.029。ここから上向けば、資金がイーサリアムに戻り始めたと読める。
- JPMコインの利用規模。同行がイーサリアム上の取扱額を開示すれば、ガス代需要を見積もる材料になる。
結論として、2026年10月の材料は2024年3月と韻を踏むが、繰り返しにはならない可能性が高い。当時は期待が積み上がった後の「事実で売る」局面だった。今回は期待が剥がれた後に材料が届いた。売り急ぐ理由も、飛びつく理由も、どちらも弱い。日本の個人投資家にとっては、暗号資産の利益が雑所得として総合課税される点も判断に入る。税の比較はこの記事にまとめた。
主な参照
- JPMコインのイーサリアム対応(2026年10月19日)/J.P. Morgan
- グラムステルダムのホーディでの有効化日程(2026年10月16日)/イーサリアム財団
- 暗号資産ETFの週間資金フロー(ソーソーバリュー集計)/コインテレグラフ
- 暗号資産の時価総額とドミナンス(20日19時40分=日本時間)/コインマーケットキャップ
- イーサリアムの日足終値と時点値/米ヤフー・ファイナンス、コインゲッコー
データ基準日:2026年10月20日19時44分(日本時間)。イーサリアムの価格は24時間取引の時点値であり、終値ではない。過去の比較に使った日足終値は米ヤフー・ファイナンスの協定世界時の日付による。19日のETFの資金流出額は公式集計ではなく報道ベースの数字である。ドリフトの攻撃者による送金はオンチェーン分析会社の報告として報じられた内容で、当事者の発表は確認できていない。シナリオの確率は本誌の判断であり、将来の価格を保証しない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。
















