市場はこう信じている。サウジアラビアの油田が無人機に狙われ、中東の供給不安が再び強まった。だから原油は一段高に向かう、と。ロンドン市場のブレント原油先物は日本時間22日19時49分時点で1バレル111.78ドルと、前日の清算値108.82ドルから2.96ドル(2.7%)高い。ニューヨークのWTI原油先物も99.20ドルと2.05ドル高である。いずれも取引時間中の値だ。
だが、本当か。今日はこの通説を尋問する。問うのは値上がりの是非ではない。「供給が細っているから上がる」という説明の根拠である。証拠は3つの方向から見る。攻撃の実害、現物の原油の値段、そして米国の在庫だ。
尋問1:シャイバ油田への攻撃は、供給を止めたのか
まず事実を確認する。UAE紙ザ・ナショナルによると、21日、サウジ南東部のシャイバ油田の処理施設に向かった無人機をサウジの防空網が迎撃した。落下した破片で2人が死亡、2人が負傷した。サウジのエネルギー省は、操業に影響はないと発表している。イエメンの親イラン武装組織フーシ派は、同油田を含むサウジのエネルギー施設や空港を標的にしたと主張している。
証拠を見よう。サウジ当局の発表どおりなら、22日の値上がりは失われた原油の量に対する反応ではない。次にもっと大きな施設が当たるかもしれない、という確率への値付けである。これは保険料に近い。保険料は、事故が起きなければ時間とともに剥げ落ちる性質を持つ。
公平のために言えば、保険料の上乗せが不合理だとは言えない。米国はサウジに駐在する緊急要員以外の政府職員とその家族に国外退避を命じており、その経緯は同日の記事で扱った。米国とイスラエルが11月の中間選挙後にイランへの短期集中の作戦を検討しているとの報道もある。ただし、これらは「これから起きうること」であり、「いま足りないもの」ではない。
尋問2:現物の原油は、逼迫を示しているか
ここが本丸である。本当に原油が足りないなら、すぐに受け渡せる現物の価格が先物より高くなる。足りない今の1バレルに、買い手が上乗せを払うからだ。米エネルギー情報局(EIA)は、北海ブレントの現物価格を日次で公表している。
証拠を見よう。EIAの現物価格は10月8日に130.18ドルだった。同じ日の先物の終値は104.28ドルで、現物は25.90ドル高かった。ところが20日には現物が115.22ドルまで下がり、先物の108.79ドルとの差は6.43ドルに縮んだ。差は12日間で4分の1になった。現物の上乗せが大きかった局面は12日の記事で取り上げたが、その後、構図は大きく変わった。
この間、先物は104.28ドルから108.79ドルへ4.51ドル上がった。現物は15ドル近く下げた。足りないはずの現物が値下がりし、将来の受け渡しを約束するだけの先物が値上がりしている。この説明には穴がある。供給不足が主因なら、動きは逆になるはずだ。米ブルームバーグ通信も22日、先物が上がる一方で現物の値段が下がっていると報じた。
背景として挙がっているのは、ホルムズ海峡の原油の流れの回復である。トレーディング・エコノミクスは、同海峡経由の原油輸出が紛争前の水準に向けて増えていると伝える。追跡装置を切って航行するタンカーもあると報じられている。一方、イランが中国向けに使ってきた洋上の在庫は、米国の封鎖で底をついたとウォール・ストリート・ジャーナルが報じた。流れの回復と封鎖の効果が同時に進んでおり、通説の側にも材料は残る。
尋問3:米国の在庫は、通説どおりに減っているか
EIAが21日に公表した週次統計(10月16日終了週)を見る。戦略備蓄を除く商業用の原油在庫は4億1,252万バレルで、前週から306万バレル減った。2週前の4億2,413万バレルからは1,162万バレルの減少である。ガソリン在庫も295万バレル減った。ここまでは通説に有利な証拠だ。
だが、細部は別の姿を見せる。WTIの受け渡し地であるオクラホマ州クッシングの在庫は2,759万バレルと、5週連続で増えた。9月11日終了週の2,148万バレルから611万バレル、28%の積み上がりである。軽油などの留出油在庫も168万バレル増えた。WTIの価格を決める地点で原油がだぶつき始めていることは、逼迫の物語と合わない。
公平のために、もう1つの数字も挙げる。EIAの推計では、米国の原油生産は日量1,327万バレルと、10月2日終了週の1,398万バレルから71万バレル減った。EIAの週次統計は理由を示していない。この減少が続けば、国内の需給は締まる。原油と石油製品を合わせた在庫も、1週間で875万バレル減っている。米国の数字は、通説を否定はしないが、強く支持もしない。
生き残った主張と、死んだ主張
| 主張 | 判定 | 根拠 |
|---|---|---|
| 中東の攻撃が原油の上昇要因になっている | 生存 | 22日の先物は2.7%高。サウジへの攻撃と米国の退避命令が重なった |
| 攻撃で供給が減った | 死亡 | サウジのエネルギー省はシャイバ油田の操業に影響なしと発表 |
| 現物の原油が逼迫している | 死亡 | 現物と先物の差は10月8日の25.90ドルから20日の6.43ドルへ縮小 |
| 米国の原油在庫が減っている | 生存(弱い) | 商業在庫は2週で1,162万バレル減。ただしクッシングは5週連続の増加 |
| 上昇は保険料(リスクプレミアム)の積み増しである | 生存 | 現物が下がるなかで先物だけが上がっている |
評決:上昇の7割は「不安」、需給は緩み始めている
評決を出す。「供給が細っているから原油は上がる」という通説は、少なくとも現時点では根拠を欠く。本誌の判断は、通説が正しい可能性30%、上昇の主因は保険料の積み増しである可能性70%である。原油高という結果は同じでも、理由が違えば持続性が違う。
保険料で上がった相場は、事件が続く限り高止まりするが、静かな日が続くと下がる。今後2週間のブレント先物について、本誌の見立ては次のとおりである。115ドルを終値で上回る確率は30%。105ドルを終値で下回る確率は35%。その間にとどまる確率は35%。下方向をやや厚くしたのは、現物の上乗せが縮むなかで先物だけが上がる状態は長続きしにくいと見るためだ。
日本の読者にとっての意味も記しておく。保険料が主因なら、原油高は数週間単位で振れやすく、灯油やガソリンの店頭価格に一方向で波及するとは限らない。国内の灯油と軽油の需給はこちらにまとめた。
再審条件
この評決を覆す材料を、先に挙げておく。
- EIAの現物価格と先物の差が、再び15ドルを超えたら。現物の逼迫が戻ったことになり、通説の側に評決を戻す。
- 攻撃で実際に生産や出荷が止まったら。サウジ当局や国営石油会社サウジアラムコが操業停止を認めれば、保険料ではなく実害の相場に変わる。
- クッシングの在庫が減少に転じたら。米国内の需給が締まり始めたサインになる。
- 米国やイスラエルがイランへの攻撃に踏み切ったら。ホルムズ海峡の流れが再び細る可能性が高く、115ドル超えの確率は大きく上がる。
主な参照
- ブレント・WTI先物の取引時間中の値と前日比(22日19時49分、10分遅れ)/オイルプライス・ドットコム
- 北海ブレント現物価格(日次)/米エネルギー情報局(EIA)
- 週次石油統計(商業在庫・クッシング・生産・ガソリン・留出油)/米エネルギー情報局(EIA)
- ブレント先物の終値(10月8日104.28ドル)/インベスティング・ドットコム
- ブレント先物の清算値(10月20日108.79ドル)/トークンポスト
- シャイバ油田への無人機攻撃と死傷者、操業への影響/ザ・ナショナル
- ホルムズ海峡経由の輸出の回復、米・イスラエルの作戦検討の報道/トレーディング・エコノミクス
データ基準日:2026年10月22日(日本時間19時49分)。ブレントとWTIの22日の値は取引時間中の値(10分遅れ)で、終値ではない。比較に用いた前日の値はブレントが清算値、WTIが終値である。EIAの北海ブレント現物価格は20日までの公表値で、先物の終値とは算出の時刻と方法が異なるため、両者の差は目安である。10月8日の先物終値はインベスティング・ドットコムの過去データによる。シャイバ油田の被害、ホルムズ海峡の輸出、米・イスラエルの作戦検討、イランの洋上在庫は報道に基づき、本誌は独自に確認していない。確率は本誌の判断で、将来の価格を保証しない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。














