2024年6月19日、ドイツ東部ザクセン州の警察が管理するビットコインの財布から、取引所に向けた送金が始まった。中身は、海賊版映画サイト「Movie2k」の運営者から押収した約5万BTCである。売りは3週間あまり続き、相場は一時17%下げた。2年後のきょう、似た規模のビットコインの名前が再び見出しに並んでいる。中国の検察当局が、英国で押収された6万1,896BTCの没収を裁判所に申し立てた。
ビットコインは日本時間22日20時3分時点で8万1,872ドル(コインベース、取引時間中)。円換算では約1,284万円である。米株価指数先物の下落とともに、前日に一時つけた8万4,840ドルから値を下げた。国家が抱える大量のビットコインは、再び売り圧力になるのか。2024年の鏡に映して考える。
いま何が起きているのか
米暗号資産メディアのディクリプトによると、中国・天津市の検察当局が、天津市第二中級人民法院に没収を申し立てた。対象は6万1,896BTCで、1BTC=約8万2,000ドルで約51億ドルにあたる。ビットコインキャッシュなどの分岐コイン各約7万2,746枚、約360万XRP、約7,000万ドージコインも含まれる。裁判所は9月28日に申し立てを受理し、10月13日に公告を出した。公告期間は6カ月で、審理はその後になる。
元になった事件は、銭志敏(チエン・ジーミン)元被告による巨額の投資詐欺である。米コインデスクによると、2014〜2017年に10万2,000人超から約403億8,000万元(約57億ドル)を集めた。同元被告は中国から英国に逃れ、英国で禁錮11年8カ月の判決を受けた。押収されたビットコインは現在、英国当局の管理下にある。
英国側の手続きも動いている。英高等法院は10月12日、被害者がこのビットコインに権利を主張する際には中国法を適用すると判断した。ただ、誰がビットコインを所有するかはまだ決まっていない。被害者側の法律事務所は上訴を目指している。英フィナンシャル・タイムズは以前、財務省の当局者が財政の穴埋めに使えないか尋ねたと報じたが、売却の決定は報じられていない。
2024年と2026年の対照表
| 比べる点 | 2024年6〜7月:ドイツ | 2026年10月:英国・中国 | 同じか違うか |
|---|---|---|---|
| 枚数 | 4万9,858BTC | 6万1,896BTC | 同程度(今回が約2割多い) |
| 当時の価格での金額 | 約28.9億ドル(平均売却価格5万7,900ドル) | 約51億ドル(8万2,000ドル換算) | 違う(今回は約1.8倍) |
| 売る義務 | 押収資産は一定期間内に現金化する州の規定があったとされる | 所有者が未確定。英国の上訴と中国の公告期間が続く | 違う |
| 時間軸 | 送金開始から売り切りまで約3週間 | 中国側の審理は公告から6カ月後以降 | 違う |
| 同時期の別の売り | マウントゴックスの弁済開始(7月5日) | マウントゴックスの約3万4,388BTCが未弁済、期限は2027年10月末へ延長 | 同じ(重なる供給の影) |
| 買い手の厚み | 現物ETFの上場から半年 | 現物ETFの累計流入は約580億ドル、純資産は約1,093億ドル | 違う(今回は受け皿が大きい) |
表の要点は2つある。量はほぼ同じだが、売りが出てくる速さがまったく違う。ドイツは売るしかなかった。英国と中国は、そもそも誰のものかを決める段階にいる。
当時、その後に起きたこと
ビットコイン(2024年6月1日〜7月31日、ドル)
読み方:ドイツの売りが始まった6月19日から下げが深まり、マウントゴックスの弁済が始まった7月5日に安値をつけた。売り切った7月12日以降は反発し、10日で16.7%戻した。出所:ビットスタンプの日足終値(7月5日のみ取引時間中の安値)。
当時の値動きを確認する。ビットスタンプの日足では、売りが始まった6月19日の終値は6万4,946ドルだった。下げが最も深かったのは7月5日で、取引時間中に5万3,550ドルまで売られた。6月19日の終値からは17.5%安い。この日は、2014年に破綻した交換所マウントゴックスの管財人が、債権者への弁済を始めた日でもある。米ザ・ブロックによると、同じ日に4万7,228.7BTCが別の財布に移された。
ブロックチェーン分析会社アーカム・インテリジェンスは7月13日、ドイツ政府の保有が1ドル分になったと投稿した。売り切った7月12日の終値は5万7,889ドル。そこから10日後の7月22日には6万7,562ドルまで戻り、16.7%上げた。売りが始まる前の水準を上回るまで、1カ月かからなかった。奇しくも、売り手が去った日が、ほぼ底の近くだった。
当時の売りの影響の大きさについては、見方が分かれている。コインテレグラフが伝えた分析には、下げへの寄与は約2,000ドル、3.5%程度にとどまったとの見方がある。一方アーカムは、売り方が市場への影響を抑える工夫を欠いていたと批判した。いずれにしても、7月5日の安値はドイツとマウントゴックスの2つの供給が重なった日だった。1つの要因だけで説明するのは無理がある。
「今回は違う」論を検証する
今回は違う、という主張には構造的な根拠がある。第1に、売りの時期が見えない。中国の公告期間は2027年4月まで続く計算で、英国では上訴と中国法の内容をめぐる審理が残る。仮に中国に返還されるとしても、その後の扱いは公表されていない。英国が保有を続けて売る道も、制度上の結論が出るまでは開かない。
第2に、受け皿の大きさが違う。米国の現物ビットコインETFには、ザ・ブロックによると21日だけで5億2,840万ドルが流入した。8万2,000ドルで換算すると約6,400BTCで、6万1,896BTCは同じ規模の流入の約10日分にあたる。週3日で10億ドルを超えた今週の流入ペースが続くなら、数字のうえでは吸収できない量ではない。
ただし、韻を踏む部分もある。マウントゴックスの財布には、アーカムの集計で約3万4,388BTCが残る。管財人は10月16日、弁済の期限を2026年10月末から2027年10月末へ再び延ばした。2024年と同じく、複数の大口の供給源が同じ時期に見出しに並ぶ構図はそっくりである。相場が弱いときほど、こうした見出しは売りの口実になりやすい。
歴史が示す3つの教訓
- 売り圧力は見出しではなく送金で始まる。2024年にドイツの売りが相場に効いたのは、財布から取引所への送金が実際に始まってからだった。今回はまだ、所有者を決める手続きの段階にある。
- 政府の売りは値幅を作るが、流れは決めなかった。2024年の下げは最大17.5%で、1カ月足らずで売り前の水準を回復した。
- 売り手が去る日は、底に近いことが多い。2024年はドイツが売り切った翌週から反発が始まった。ただし、これは1回の例であり、繰り返す法則とは言えない。
今回固有の監視点
本誌の見立てでは、英国保有分の6万1,896BTCが今後3カ月以内に市場で売られる確率は10%未満である。手続きの段階を考えれば、当面の相場を動かすのは供給そのものではなく、米国株と連動したリスク回避である。そのうえで、次の4点を監視したい。
- 英国当局の財布の動き。ブロックチェーン分析会社が取引所への送金を検知すれば、本誌の確率は大きく引き上げる。
- 英国での上訴と次の審理。被害者が所有権を認められるかどうかで、ビットコインの行き先が変わる。
- 8万ドルの節目。クラーケンの日足では、10月15日に一時7万9,709ドルまで下げた。終値でこれを割り込めば、供給の見出しが売りの口実に使われやすくなる。
- 8万5,000〜8万7,500ドルの上値。ザ・ブロックは、この帯を次の売りが出やすい水準として挙げている。
同日に出た値動きの細さの分析はこちら、8万4,000ドル台を回復した朝の局面はこの記事で扱った。
主な参照
- 天津の検察による没収申し立て(6万1,896BTC、公告期間6カ月)、英高等法院の判断、英財務省をめぐる報道/ディクリプト
- 事件の規模(403億8,000万元、10万2,000人超)/コインデスク
- 英高等法院の判断(10月12日)/ザ・ブロック
- ドイツ政府の売却(4万9,858BTC、平均5万7,900ドル)とアーカムの分析/コインテレグラフ
- マウントゴックスの弁済開始と4万7,228.7BTCの移動(2024年7月5日)/ザ・ブロック
- マウントゴックスの期限延長と残高(約3万4,388BTC)/ディクリプト
- 現物ビットコインETFの流入(21日5億2,840万ドル、累計約580億ドル)と上値の帯/ザ・ブロック
- 2024年の日足/ビットスタンプ、2026年の日足と取引時間中の値/クラーケン、コインベース
データ基準日:2026年10月22日(日本時間20時3分)。ビットコインの現在値は取引時間中の値で、終値ではない。円換算はドル円156.88円(Yahoo!ファイナンス、同日19時59分)による概算である。2024年の価格はビットスタンプの日足(協定世界時の0時区切り)で、取引所によって数値は異なる。没収申し立ての枚数は報道によって「6万1,800BTC超」とも伝えられ、本記事はディクリプトの6万1,896BTCを用いた。ドイツの売却枚数、マウントゴックスの残高はアーカムの集計に基づく報道で、本誌は独自に確認していない。ドイツの州規定に関する記述は専門家の見方として伝えられたものである。ETF流入の換算と売却確率は本誌の判断で、将来の価格を保証しない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。













