市場はこう信じている。ビットコインが8万ドルを割ったのは、米連邦準備制度理事会(FRB)がタカ派的な据え置きを決めたからだ、と。今日はこの通説を尋問する。証拠を見ると、日本時間30日5時台に起きたもう一つの出来事が、下げの主役として浮かび上がる。世界最大級の暗号資産交換所バイナンスでの「セキュリティ上の問題」である。
本誌は28日、ビットコインが終値ベースで8万ドルを一度も割っていないと書いた。その記録は途切れた。クラーケンの29日の日足(協定世界時、日本時間30日9時に確定)は7万7,800ドルで引け、9月17日の7万6,354ドル以来の8万ドル割れの終値となった。コインベースの日足も7万7,791ドルだった。30日9時1分時点の値は7万7,663ドルである。
29日のビットコイン、何時に何が起きたか(クラーケン、ドル)
読み方:時刻は日本時間。FRBの決定を受けた下げは一度取り戻されており、8万ドルを明確に割り込んだのは30日5時台の1時間だった。値はクラーケンの1時間足(協定世界時の29日0時〜30日0時)。
通説の陳述:FRBが8万ドルを崩した
公平のために、通説を最も強い形で述べておく。FRBは28日(米東部時間)、政策金利の誘導目標を3.75〜4.00%に据え置いた。ただし採決は10対2で、クック理事とハマック・クリーブランド連銀総裁の2人が0.25%の利上げを主張して反対した。声明は「インフレ率は高止まりしている」と書き、景気についても「力強いペースで拡大している」とした。
利上げを求める反対票が2票出たことは、金利の先高観を強める。金利の付かないビットコインには逆風で、ドル建ての資産としても不利になる。29日には米国の7〜9月期の実質国内総生産(GDP)が年率3.4%増、9月の個人消費支出(PCE)物価指数が前年同月比3.6%上昇と、どちらも強い数字が出た。通説は、この「強い景気と高いインフレ」の組み合わせがビットコインを押し下げたと説明する。
FRBの判断とビットコインの関係はビットコイン、FOMC後も8.2万ドルの壁|利上げ派2票で詳しく書いた。この説明に穴があるかどうかを、値動きの時刻から確かめる。
尋問1:FRB後の下げは、すでに取り戻していた
証拠を見よう。クラーケンの1時間足では、FRBの発表後の売りは29日の協定世界時1〜2時台(日本時間10〜11時台)に出て、安値は7万9,614ドルだった。8万ドルを割り込んだが、下げ幅は限られた。その後は8万ドル前後でもみ合い、協定世界時14〜16時台(日本時間23時〜30日1時台)に買い戻されて、16時台に8万1,882ドルの高値を付けた。29日の始値8万1,287ドルを上回る水準である。
つまり、FRBの決定を受けた下げは、29日の米国時間の午前中までに一度帳消しになっていた。強いGDPとPCEの数字が出たのは米東部時間8時30分(協定世界時12時30分)で、その後の数時間でビットコインはむしろ上がっている。この点で、通説の説明には穴がある。
尋問2:下げの本体は1時間に集中した
この日の下げの大部分は、協定世界時20時台(日本時間30日5時台)の1時間に集中している。8万744ドルで始まったこの1時間で、安値は7万8,200ドルまで下げた。下げ幅は2,500ドルを超え、出来高は624BTCとこの日で最も多かった。売りはその後も続き、日本時間30日8時台には7万7,688ドルまで下げた。9月18日に付けた7万6,231ドル以来の安値である。
この時間帯に何があったか。米テッククランチによると、バイナンスは「セキュリティ上の問題の可能性に関する報告を把握しており、調査している」と表明した。広報担当者は、予防措置として複数のネットワークで出金を一時停止したと説明した。コインデスクは、ブロックチェーン分析会社アーカムの話として、ハッカーとみられるウォレットに57億ドルを超える暗号資産があると伝えた。内訳はビットコイン約15億ドル、イーサ約9億ドル、ドル連動のステーブルコイン約14億ドルとされる。被害額は報道によって20億〜58億ドルと幅があり、本稿執筆時点でバイナンスは確認していない。
ステーブルコインの発行体も動いた。コインデスクによると、テザーは15億7,000万ドルを超えるUSDTを、サークルは8億ドルを超えるUSDCを凍結した。バイナンスの創業者で、現在は経営から離れているチャンポン・ジャオ(CZ)氏は、株主として「利用者の資金はすべて補償されると期待している」と述べた。同じ記事では、バイナンスが発行に関わるBNBが6.7%安と伝えられている。
尋問3:買い手は本当に逃げたのか
通説側の再反論も聞こう。「ハッキングはきっかけにすぎず、FRBで弱っていた買い手が逃げただけだ」という主張である。だが、証拠はこれにも合わない。米国の現物ビットコインETF(上場投資信託)には、26日から28日まで3営業日続けて資金が流入した。ソソバリューの集計を引用した報道によると、28日の流入は1億3,733万ドルで、そのほとんどがブラックロックのIBITだった。FRBの決定当日も、長期の買い手は買っていた。29日分の集計はまだ出ていない。
もう一つの大口の買い手、米ストラテジー(MSTR)の29日の決算も確かめた。同社は10月25日時点で84万8,517BTCを持ち、平均取得単価は7万5,446ドルだ。現在の価格は、この単価をまだ3%ほど上回る。一方で同社は7〜9月期に5,552BTCを売却し、優先株の配当に充てたと開示している。買い一辺倒ではなくなった最大の保有者の存在は、上値を抑える材料になりうる。株価は29日に2.44%安で引け、時間外でも2.8%安だった。
先物の過熱感も確かめた。オーケーエックスの無期限先物の資金調達率は30日9時1分時点で8時間あたり0.0100%と基準どおりで、買いに偏った過熱は見られない。急落が先物の投げ売りだけで起きた形跡は薄い、ということだ。
生き残った主張と死んだ主張
| 主張 | 証拠 | 判定 |
|---|---|---|
| FRBのタカ派据え置きが8万ドル割れを招いた | 29日の日本時間10〜11時台に一時7万9,614ドルまで下げたが、日本時間30日1時台に8万1,882ドルまで戻した | 半分だけ生存(一時的な8万ドル割れの説明にはなる) |
| 強いGDPとPCEが追い打ちをかけた | 発表後の数時間でビットコインは上昇した | 死亡 |
| バイナンスの問題が下げの本体だ | 日本時間30日5時台の1時間に2,500ドル超の下げと日中最大の出来高。同じ時間帯に出金停止と凍結が報じられ、売りは8時台まで続いた | 生存(被害額は未確認) |
| 長期の買い手が逃げている | 現物ETFは28日まで3日続けて流入。資金調達率は基準どおり | 現時点では死亡(29日の流出入は未発表) |
| 大口の保有者が下値を支える | ストラテジーは7〜9月期に5,552BTCを売却 | 弱体化 |
評決:下げの7割はバイナンス、3割がFRB
評決を出す。29日の下げの説明として、本誌はバイナンスの問題に70%、FRBに30%の重みを置く。FRBは8万ドル近辺の上値を重くした。だが日足の終値を8万ドルの下に押し込んだのは、バイナンスをめぐる報道である。
この評決は、向こう1〜2週間の見通しにもつながる。理由がFRBなら下げは長引きやすいが、理由が一つの交換所の事故なら、事実関係が固まるにつれて戻る余地がある。本誌のシナリオは三つだ。第1に、バイナンスが損失の補償と出金の再開を示し、8万ドルを終値で回復する展開を30%とみる。第2に、7万6,000〜8万ドルのレンジで方向感を探る展開を40%とみる。第3に、被害額の拡大や他の交換所への波及で、9月18日の安値7万6,231ドルを割り込み、9月15日の安値7万4,892ドル近辺まで下げる展開を30%とみる。ストラテジーの平均取得単価7万5,446ドルは、その途中にある心理的な節目だ。
日本の個人投資家が確かめること。国内の暗号資産交換業者は、利用者の資産を自社の資産と分けて管理することが法律で義務付けられている。それでも、海外の交換所に資産を置いている場合は、出金停止の対象かどうかを自分で確かめる必要がある。値動きの大きい局面で、慌てて送金や売買の手続きをすると、誤送金などの別のリスクを招きやすい。
再審の条件:評決を覆すデータ
評決は固定しない。次のデータが出れば、本誌は判断を改める。
- バイナンスが出金を再開し、損失を自社で補償すると公式に示した場合:下げの理由が消えるため、第1のシナリオの確率を引き上げる。
- 29日と30日の現物ETFが大きな流出になった場合:長期の買い手の後退を示すため、FRB要因の比重を引き上げ、第3のシナリオを重くする。
- 日足の終値で7万6,231ドルを割り込んだ場合:9月18日の安値が支えにならなかったことになり、第3のシナリオに切り替える。
- 11月6日(米東部時間)の米10月雇用統計が強く出た場合:12月利上げの観測が強まり、FRB要因が再び前に出る。
イーサもクラーケンで29日の日足が2,249ドルで確定し、始値から約4.6%下げた。ビットコインの年末までの値幅の見方はビットコイン8万ドル、終値では一度も割れずでも扱った。8万ドルの節目は、今回の事故の決着とともに、もう一度試されることになる。
主な参照
- バイナンスの出金停止と声明/テッククランチ(米太平洋時間10月29日15時27分)
- アーカムの推計、テザーとサークルの凍結、CZ氏の発言、BNBの値動き/コインデスク(米東部時間10月29日18時19分更新)
- FRBの政策決定と反対票/米連邦準備制度理事会(2026年10月28日)
- 米GDPとPCE物価指数/米商務省経済分析局(10月29日)
- ストラテジーの保有量、平均取得単価、売却/ストラテジーの決算発表(米証券取引委員会への提出書類、10月29日)
- 現物ビットコインETFの資金流出入/トークンポスト(ソソバリューの集計を引用)
- 価格と1時間足、日足/クラーケン、ストラテジーの株価/stockanalysis.com、資金調達率/オーケーエックス
データ基準日:ビットコインとイーサの日足は、2026年10月29日(協定世界時、日本時間30日9時に確定)のクラーケンの終値。ビットコインの現在値は30日9時1分(日本時間)の取引時間中の値。1時間足はクラーケンの協定世界時ベース。バイナンスの被害額と原因は本稿執筆時点で同社が確認しておらず、報じられている数字である。報道によって20億〜58億ドルと幅があり、今後変わりうる。ETFの資金流出入はソソバリューの集計を引用した報道によるもので、本誌が一次資料で確認したものではない。下げの要因の比重とシナリオの確率は本誌の分析で、将来の価格を保証しない。暗号資産は価格変動が大きく、元本を失う可能性がある。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の暗号資産の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。















