11月6日金曜、日本時間22時30分。ワシントンの米労働統計局が10月の雇用統計を公表した。雇用者数は16万5,000人増と、市場予想の6万5,000人の2.5倍だった。ニューヨークの金先物(12月限)はその5分間で1オンス4,069.5ドルから4,035.1ドルまで、34ドル売られた。ところが次の5分足が終わる頃には、値段は4,062ドル台に戻っていた。22時47分時点では4,057.0ドル(取引中の値)で、発表前の水準から10ドルほど下にとどまっている。
利上げを後押しする数字が出れば、利息を生まない金は売られる。教科書どおりなら、ここから下げが加速してもおかしくなかった。それが5分で吸収された。この5分間にたどり着くまでの金の1週間は、強気と慎重の二つの声が綱を引き合う時間だった。
金先物の1週間と、その前(2026年)
出所:ニューヨークの金先物(期近つなぎ足・12月限)の日足と5分足はYahoo Finance、FRBの決定は米連邦準備制度理事会、ゴールドマンの見通しはFinimizeとBigGoファイナンスの報道。時刻は日本時間。
10月30日、最高値から3割安の底
話は1週間前に戻る。10月28日水曜、米連邦準備制度理事会(FRB)は政策金利の誘導目標を3.75〜4.00%に据え置いた。採決は10対2。反対したクック理事とハマック・クリーブランド連銀総裁は、いずれもその場での0.25%の利上げを求めた。据え置きの決定に、利上げを求める反対票が2つ付いたことになる。
その2日後の10月30日金曜、金先物は取引中に3,879.3ドルまで売られ、3,898.9ドルで引けた。1月29日につけた取引中の高値5,586.2ドルからは、31%下の水準である。1月末の高値から、わずか9カ月で3割を失った計算になる。利上げが続く世界では、利息を生まない金を持つ理由が細る。市場はそう判断していた。
同じ頃、東京の店頭も冷えていた。田中貴金属工業が6日9時30分に公表した店頭小売価格は1グラム2万3,086円(税込)で、前日比74円高。ドル建ての反発を映して持ち直してはいるものの、値動きは海外の先物に振り回されている。
11月4日から5日、2日で4.4%の反発
流れが変わったのは今週の半ばだった。3日火曜の米中間選挙を経て、4日の金先物は3.4%高の4,073.0ドルで引け、5日も4,113.5ドルまで上げた。3日の終値3,940.4ドルから2日で4.4%高である。この日の取引中の高値は4,155.8ドルに届いた。底から数えれば、1週間で7%を取り戻したことになる。
押し上げたのは株の急落だった。5日の米国市場ではフィラデルフィア半導体株指数(SOX)が1日で12%下げ、6日の東京では日経平均株価が3,643円下げて終値で弱気相場の入り口に立った。株から逃げたお金の一部が、金に向かった。ただし金を取り巻く空気は、楽観一色ではなかった。
慎重派の声:ゴールドマンは年末目標を4,150ドルへ
反発の最中の5日、ゴールドマン・サックスのリナ・トーマスとダーン・ストライフェンは、金の見通しを引き下げるリポートを出した。2026年末の目標は4,650ドルから4,150ドルへ、2027年末は5,400ドルから4,800ドルへ。リポートの題は「長期では強気、だが今ではない」という趣旨だったと伝えられている。
2人の理屈は明快だ。基本シナリオはFRBが12月にもう一度利上げすることで、それが通貨価値の目減りへの不安を抑え込む。中央銀行の金買いは2026〜27年に月平均60トンと、2022年以前の月17トンを大きく上回ると見込むが、それは「下値を支える床にはなっても、高金利の環境で単独で急騰を生む力はない」というのが2人の見立てだと報じられている。FRBが2027年3月にも利上げしたり、利下げを先送りしたりすれば、2027年末でも4,660ドル程度にとどまるとの下振れシナリオも添えた。
注目したいのは、4,150ドルという年末目標の位置である。5日の終値4,113.5ドルとほとんど変わらない。つまりゴールドマンの2人は「ここから先、年末までの上値はほとんどない」と言ったに等しい。年初の5,000ドル台を知る投資家にとって、それは冷たい数字だった。Finimizeによれば、金の見通しには6,100〜6,300ドルを掲げる予測もあり、ゴールドマンの目標はその中で低い側に位置する。強気と慎重の声は、それほど離れている。
22時30分、雇用統計という審判
そして6日の夜が来た。ゴールドマンの基本シナリオである「12月の利上げ」を最も強く後押ししうる指標が、雇用統計だった。発表前、ロイターが伝えたCMEのフェドウオッチでは、12月の利上げ確率は66.1%。1週間前の79.9%から下がっていた。株の急落で「FRBは利上げを急げない」とみる声が増えていたからだ。
発表された数字は、その見方を押し戻すものだった。雇用者数16万5,000人増に加え、8月と9月の分は合わせて8万4,000人上方修正された。失業率は4.1%と9月の4.2%から下がり、平均時給は前年同月比3.1%増と予想の2.9%増を上回った。米10年債利回りは4.872%から4.900%へ上がった(取引中の値)。
金は売られた。だが34ドルで止まった。5分後には27ドル戻した。慎重派の理屈が正しければ、もっと売られてよい場面である。それでも売りが続かなかったのは、5日にゴールドマンが年末目標を4,150ドルに下げた時点で、慎重な見方がすでに値段に入っていたからかもしれない。あるいは、株安に備える保険として金を持つ投資家が、この程度の数字では手放さなかったのかもしれない。答えはまだ出ていない。
この1週間の値段の旅:10月30日の安値3,879.3ドル → 11月5日の高値4,155.8ドル → 6日22時30分台の安値4,035.1ドル → 22時47分の4,057.0ドル。いずれもニューヨークの金先物(12月限)の値で、現物の価格とは数ドルから十数ドルずれることがある。
エピローグ:次の審判は11月10日
綱引きは終わっていない。次に綱を引くのは、11月10日火曜の日本時間22時30分に発表される米10月の消費者物価指数(CPI)である。米労働統計局の公表日程で確認した。物価まで強ければ、12月の利上げはほぼ固まり、ゴールドマンの2人の描いた道筋に近づく。物価が鈍れば、株安を恐れるFRBという別の物語が戻ってくる。
その先には、12月8〜9日の米連邦公開市場委員会(FOMC)が控える。10月の会合で利上げを求めた2人の声が、12月に多数派になるのか。金の年末の値段は、その答えとほぼ同じ意味を持つ。東京の店頭で金を買う個人にとっても、円建ての値段はドル建ての金価格とドル円の掛け算で決まる。今夜のドル円の動きは雇用統計後のドル円の記事で扱った。
金の価格水準と目標の考え方は、前日の金価格見通しの記事に、最高値から3割下げた局面の歴史的な位置づけは2013年との比較記事にまとめている。
主な参照
- 米10月雇用統計(2026年11月6日発表)/米労働統計局(BLS)、市場予想はファクトセットとみんかぶ
- 米CPIの公表日程/米労働統計局(BLS)
- FOMCの声明と採決(2026年10月28日)/米連邦準備制度理事会
- ゴールドマン・サックスの金見通し引き下げ(2026年11月5日)/Finimize、BigGoファイナンス
- 12月利上げ確率(CMEフェドウオッチ、発表前)/ロイター(ニューズウィーク日本版)
- 金先物・銀先物・米10年債利回りの5分足と日足/Yahoo Finance
- 金の店頭小売価格(11月6日9時30分公表)/田中貴金属工業
データ基準日:2026年11月6日22時47分(日本時間)。金先物と銀先物はニューヨーク商品取引所の12月限で、取引中の値であり終値ではない。最高値5,586.2ドルと10月30日の安値3,879.3ドルは、先物の期近つなぎ足の取引中の値で、現物(スポット)の値とは異なる。ゴールドマン・サックスのリポートの題名と発言は報道にもとづくもので、本誌はリポートの原文を確認していない。12月の利上げ確率は発表前の数字である。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。投資判断は各自の責任において行われたい。














