なぜドルが弱いのに、金は下がるのか。答えは、隣の窓口が金利の看板を書き換え続けているからだ。10月21日の日本時間11時33分、ニューヨーク金先物(12月限)は1オンス4,134ドル台で、1月29日に付けた最高値5,586ドル20セントから26.0%下にいる。同じ時刻、主要通貨に対するドルの強さを示すドル指数は101.78で、19日の終値101.98から小幅に下げていた。教科書どおりなら金は上がる場面である。
本稿では、この「教科書の外れ」を一つの比喩で読み解いていく。銀行のロビーに窓口が二つ並んでいると考えてみてほしい。一つは利息を払う窓口、もう一つは利息を払わない代わりに、価値をしっかり預かってくれる窓口だ。金は後者である。
二つの窓口——利息を払う窓口と、払わない窓口
利息を払う窓口の代表は米国債だ。10年物の利回りは20日の終値で5.117%と、15日の5.089%からさらに上がった。1,000万円分を10年預けると、毎年50万円あまりの利息が付く計算になる。
もう一方の窓口、金は何も払わない。持っているだけでは1円の利息も生まない。それでも人が並ぶのは、通貨の価値が揺らいだときや、世の中が荒れたときに、預けた価値を守ってくれると信じられているからだ。
ここが肝心だ。金の値段は、隣の窓口の看板と比べて決まる。隣の窓口の利息が上がれば、利息のない窓口に並び続ける「損」が大きくなる。この損を、専門用語では機会費用と呼ぶ。今の金相場を動かしている主役は、ドルの値札ではなく、この機会費用である。
用語メモ。機会費用=ある選択をしたことで得られなくなった利益。ここでは「金を持つことで受け取り損ねた国債の利息」。
ドル指数=ユーロや円など主要6通貨に対するドルの強さを一本にまとめた指数。
CMEフェドウオッチ=米金利先物の価格から、次回以降の利上げ・利下げの確率を逆算するツール。
看板を書き換えているのは原油だ
では、隣の窓口はなぜ看板を書き換え続けているのか。順に見ていく。出発点は原油である。21日昼の時点でブレント原油は1バレル110ドル台、WTI原油は99ドル台にある。中東で船舶や施設への攻撃が伝えられ、原油は前日に5カ月ぶりの高値を付けたと報じられている。経緯は今朝の原油の記事に詳しい。
金の看板を書き換えている連鎖(2026年10月時点)
読み方:上から下へ、原油高が物価を押し上げ、利上げ観測が国債利回りを支え、利息を生まない金の重しになる。ドル指数の小幅な下落(19日101.98→21日101.78)は、この連鎖を打ち消すほど大きくない。出所:米労働統計局、米連邦準備制度理事会、キットコ(ロイター配信)、Yahoo Finance。
原油高は物価に入る。米労働統計局が10月14日に発表した9月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比3.7%上昇した。エネルギーは20.4%、ガソリンは34.2%の上昇である。一方、食品とエネルギーを除くコア指数は2.6%にとどまる。つまり物価を押し上げているのは、ほぼ燃料だ。
FRBはすでに9月16日に利上げし、政策金利の誘導目標を3.75〜4.00%に引き上げている。ロイターが20日に伝えたCMEフェドウオッチによると、12月の追加利上げの確率は92%に達した。利上げが続くと見込まれれば、国債の利回りも高止まりする。隣の窓口の看板は、こうして書き換えられていく。
ここで最初の問いに戻ろう。ドルが少し弱くなっても、金にとってはさほど助けにならない。金を買う人がドル以外の通貨で払う分だけ割安になる、という効果はある。しかしその効果は、隣の窓口の利息が上がる効果に比べれば小さい。ドル指数の0.2%の下落と、10年債利回りの5%台定着とでは、天秤の重さが違うのだ。
それでも列は消えていない——中央銀行とETF
面白いのはここからだ。利息のない窓口の列は、短くなるどころか長くなっている。ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)によると、各国の中央銀行は8月に差し引き39トンの金を買い、年初からの累計は170トンになった。買い手の筆頭は中国の20トンである。
金の上場投資信託(ETF)にも資金が入っている。WGCの集計では、9月の世界の金ETFへの流入は100億ドル(67トン)で、保有量は4,256トンと過去最高を更新した。7〜9月期の流入額310億ドルも四半期として過去最高である。日本のETFにも流入があった。
列が伸びているのに値段が下がる。一見すると矛盾だが、比喩で考えれば説明がつく。中央銀行や長期のETF投資家は、看板の数字に関係なく並ぶ「常連客」だ。値段を日々動かしているのは、看板を見て窓口を行き来する短期の資金である。先物市場で金利の見通しに合わせて売り買いする投資家が、その代表とみられる。ただし、先物の持ち高の内訳は本稿では確認できていない。ここは推測として読んでほしい。
よくある誤解。「ドル安なら金は上がる」「有事なら金は上がる」は、どちらも半分しか正しくない。ドル安も有事も、金利の看板がそれ以上に書き換えられれば打ち消される。中東の緊張が続く今がまさにその例で、有事が原油を通じて金利を押し上げ、かえって金の重しになっている。
円で買う人の窓口——1グラム2万3,237円
日本の個人投資家にとっての窓口は、円建ての小売価格だ。田中貴金属工業が21日9時30分に公表した金の店頭小売価格(税込み)は1グラム2万3,237円で、前日比123円安だった。今年の最高値は3月3日の2万9,969円で、そこから約22.5%下にいる。
ドル建ての下げ(26.0%)より円建ての下げが小さいのは、この間に円安が進んだためである。ドル円は21日昼に158円台前半にある。円で買う人は、金の値下がりの一部を為替で取り戻している格好だ。逆に言えば、円高に振れれば円建ての金はドル建て以上に下がりうる。円建ての値動きは16日の記事でも追っている。
銀行の予想と、これからの見方
| 予想元 | 時期 | 予想 | 備考 |
|---|---|---|---|
| CIBC | 2026年10〜12月期 | 4,500ドル | 6,500ドルから引き下げ(10月20日) |
| CIBC | 2027年平均 | 5,200ドル | 6,500ドルから引き下げ |
| CIBC | 2028年平均 | 5,500ドル | 6,000ドルから引き下げ |
| ゴールドマン・サックス | 2027年末 | 5,400ドル | 据え置きと報じられている(9月18日付のリポート) |
CIBCは引き下げの理由に、エネルギー高による物価上昇と、より引き締め的なFRBを挙げた。まさに隣の窓口の看板の話である。それでも2027年には5,200ドルへ戻ると見ているのは、中央銀行の買いや財政赤字への不安といった「常連客」の存在を重く見ているからだ。
本誌の見方を示しておく。今後1カ月は、4,000〜4,360ドルの範囲での下値探りが本線(確率55%)とみる。4,000ドルは7月29日の安値3,993ドル80セントに近い節目で、StoneXのボブ・ハバーコーン氏も「4,000ドルは金にとって大きな水準だ」と語っている。上値の目安は50日移動平均線の4,358ドル(21日時点の本誌計算)だ。
上に抜ける道筋(確率25%)は、原油が落ち着き、10月28日のFOMCで12月利上げへの確信が揺らぐ場合である。看板の書き換えが止まれば、常連客の買いがそのまま値段に出る。下に崩れる道筋(確率20%)は、原油高が続き、11月10日の10月CPIで物価の加速が確認される場合だ。このとき4,000ドルを終値で割り込めば、52週安値の3,901ドル30セントが次の目安になる。この見方が誤りだと判断するのは、4,360ドルを終値で上回ったときである。
まとめ——覚えて帰る3点
最後に比喩を回収しよう。金は利息を払わない窓口であり、その値段は隣の窓口の看板次第で決まる。今その看板を書き換えているのは、原油高から来る物価上昇と、FRBの利上げ観測である。
- ドルより金利。ドル指数の小さな下落は、米10年債利回り5%台の重さに勝てない。
- 列と値段は別物。中央銀行とETFの買いは続いているが、日々の値段は金利を見て動く短期の資金が決めている。
- 見る日付は二つ。10月28日のFOMCと11月10日の米CPI。どちらも看板の書き換えが続くかどうかの答え合わせになる。
過去にも、物価指標が強い日に金が売られた例がある。9月23日の記事では1980年と2013年の局面と比べた。FRBの利上げが市場全体に与えた影響はこちらにまとめている。
主な参照
- 金相場と12月利上げ確率92%(CMEフェドウオッチ)、ハバーコーン氏の発言/キットコ(ロイター配信、10月20日)
- FRBの9月16日の利上げ、会合日程/米連邦準備制度理事会、会合日程
- 9月の消費者物価指数、次回以降の公表日/米労働統計局、公表予定
- CIBCの金価格予想の引き下げ/キットコ、シーキング・アルファ
- 中央銀行の金購入(8月)/ワールド・ゴールド・カウンシル
- 金ETFの資金流入と保有量(9月)/ワールド・ゴールド・カウンシル
- 金の店頭小売価格/田中貴金属工業、2026年の推移
- 金先物、銀、原油、ドル指数、米10年債利回り/Yahoo Finance(移動平均は本誌計算)
データ基準日:2026年10月21日 日本時間11時33分。金先物(12月限)、原油、ドル指数は取引時間中の気配値で、終値ではない。米10年債利回りは10月20日の終値。最高値5,586ドル20セントは先物のつなぎ足での取引時間中の値で、終値ベースの最高値は5,318ドル40セント。移動平均は先物のつなぎ足から本誌が計算したもので、限月の乗り換えによる誤差を含む。円建て価格は田中貴金属工業の21日9時30分の公表値で、同社は一日に複数回価格を改定する。12月利上げ確率は10月20日の米東部時間14時5分時点の報道値で、日々変動する。先物の持ち高の内訳は確認できておらず、短期資金に関する記述は本誌の推測である。確率と価格帯は本誌の見方であり、将来の相場を保証しない。本記事は情報提供を目的としたもので、特定の商品の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。
















