世界の国債が売られた。日本の10年債利回りは9月2日の終値で3.006%となり、1996年9月以来の水準に戻った。ドイツもフランスも英国も、米国も、そろって数年から数十年ぶりの高い利回りを付けている。だが「世界的な記録破りの債券売り」という言い方は、正確ではない。本当に記録なのは1カ所だけで、それは日本の超長期国債である。まず下の1枚を見てほしい。
主役の1枚——「〇年ぶり」と「過去最高」は違う
どこまで遡れば同じ利回りに出会うか——「記録」なのは日本の超長期だけ
棒の長さは「同じ水準を最後に見た時点までの年数」。日本30年債だけが過去に例のない水準で、ほかはすべて「〇年ぶりの高さ」にとどまる。注目すべきは最下段で、米10年債の遡及はわずか1年8カ月しかない。今回の売りを「米国発」と呼べない理由がここにある。
棒の長さは、その利回り水準を最後に見た時点までの年数である。日本の30年債だけが色の違う存在で、これは1999年に30年債の発行が始まって以来、一度も付けたことのない利回りに到達した。ほかはすべて「〇年ぶりの高さ」にとどまる。
そして最下段に注目したい。米国10年債の遡及はわずか1年8カ月である。4.79%という水準は2025年1月13日と並んだだけで、それを上回ってはいない。今回の売りを「米国発の記録的な暴落」と呼べない理由がここにある。米30年債の5.2%を2007年以来と書いたのは事実だが、それでも19年であって記録ではない。
記録が出たのは、日本の25年から40年だった
日本の超長期で起きた「へこみ」——30年債が25年債・40年債より低い
2026年9月1日の財務省公表値。通常は年限が長いほど利回りは高いが、30年債(4.131%)が25年債(4.143%)を下回っている。これは金利全体の上昇ではなく、25年から40年という特定の年限に需給の歪みが集中している合図である。生命保険会社や銀行の買いが細っていることが背景とされる。
9月1日、財務省公表の終値で30年債は4.131%、40年債は4.145%、25年債は4.143%を付けた。いずれもその年限の統計が始まって以来の高さで、しかも直前の記録は3週間前の8月18日に付けたばかりである。3週間で二度、過去最高を塗り替えた。
図の形が重要だ。通常は年限が長いほど利回りは高くなる。ところが30年債(4.131%)が25年債(4.143%)を下回っている。金利全体が持ち上がったのではなく、25年から40年という特定の帯に需給の歪みが集中している。生命保険会社や銀行という、本来この年限を買い支える主体の需要が細っていることが背景にある。財務省はすでに超長期国債の発行額を24.6兆円から21.4兆円へ減らしており、来年度のさらなる減額も取り沙汰されている。
なお9月3日に実施された30年債入札は、応札倍率3.79倍(12カ月平均3.52倍)、テール0.28と、可もなく不可もない結果だった。「入札が失敗した」という事実はない。需要が消えたのではなく、高い利回りを要求されているというのが正しい理解になる。
これは財政不安ではなく、利上げの織り込みである
米国債の利回り変化(8月14日→9月2日)——動いたのは短い年限
単位はベーシスポイント(0.01%ポイント)。短い年限ほど大きく上昇し、30年債はほとんど動いていない。これは「財政不安で長期債が売られた」形ではなく、利上げ観測が短い年限を押し上げた形である。2年債と30年債の差は1.08%から0.88%へ縮んだ。
米国の動きを年限別に見ると、通説とは逆の形が出てくる。8月14日から9月2日にかけて、2年債は0.22%ポイント上がったのに、30年債は0.02%ポイントしか動いていない。短い年限ほど大きく売られる、いわゆるベアフラットニングである。
財政不安が主因なら、長い年限ほど売られるはずだ。実際に起きたのはその逆だった。動かしたのは中央銀行である。ジャクソンホールでのウォーシュ議長の発言を受け、9月の米利上げ確率は1週間前の約37%から9月2日には66〜67%へ跳ねた。欧州中央銀行は9月10日の利上げがほぼ確実視され、イングランド銀行も年内2回の利上げが織り込まれている。
加速装置になったのが原油だ。ホルムズ海峡をめぐる緊張で9月1日にブレントは5〜6%上げ、9月2日には95.61ドルを付けた。ユーロ圏の8月の消費者物価指数速報は前年比3.3%と7月の2.9%から加速し、2023年9月以来の高さになった。エネルギーは14.3%上昇である。インフレが戻れば中央銀行は利上げする。債券市場はその順番を織り込みにいった。
欧州で起きた、格付けと逆転した事件
欧州には一つ、記録ではないが象徴的な出来事があった。9月1日、フランス10年債(4.215%)の利回りがイタリア10年債(4.188%)を上回った。フランスの格付けはイタリアより3から5段階高い。それでも市場はフランスに高い利回りを要求した。
ただし過度に騒ぐ話でもない。フランスとドイツの利回り差は約0.85%ポイントで、2026年初の約0.55%ポイントからは拡大したが、2011年から2012年の欧州債務危機で付けた1.5〜1.9%ポイントには遠い。フランス独自の上乗せは実在するが、主因は世界共通の金利上昇のほうである。
日本にとっての意味——政府の計算が壊れた
10年債3%には、象徴以上の意味がある。2026年度予算は、国債費の計算に長期金利3.0%を置いていた。市場はその前提に追いついてしまった。先日書いたとおり2027年度の概算要求はすでに3.8%を前提にしている。政府自身が、金利はここから先も上がると想定しているということだ。
時間の感覚も押さえておきたい。日本の10年債利回りは2024年9月2日に0.936%だった。それが2年で3.006%である。2年で3.2倍になった。1996年9月6日の3.06%以来という表現は正しいが、厳密には29年11カ月27日であり、「30年ぶり」は4日ほど足りない丸めである。
為替も大きく動いた。ドル円は9月3日に156.69円、前日比1.27%の円高となった。ただしこれは2営業日の動きで、9月2日には一時160.39円まで円安が進み、158.70円で引けている。主因は日銀の利上げ観測だ。植田総裁は9月2日に上振れリスクへ「これまで以上に注意を払う」必要があると述べ、田村審議委員は機動的な利上げに言及し、0.25%という刻み幅も「必ずしも既定路線ではない」とした。介入は取り沙汰されたが、市場参加者は当局の関与とまでは断定していない。
日銀の金融政策決定会合は9月17日から18日。金利先物は0.25%の利上げをほぼ完全に織り込み、年末までに約0.44%ポイントの引き締めを見込んでいる。現在の政策金利1.0%自体が、2026年6月に到達した31年ぶりの水準である。
東京市場は、すでに選び分けている
金利上昇で東京市場が選んだ側(9月3日終値)
金利が上がると、預貸利ざやが広がる銀行と、負債の割引率が上がる生命保険・損害保険が買われる。逆に借入で不動産を保有するREITは利払い負担が増えるため売られる。9月3日の東京市場はこの教科書どおりの並びになった。
9月3日の東京市場は、金利上昇の教科書どおりの並びになった。損害保険と生命保険が最も買われ、次に銀行、そしてREITが売られた。日経平均は0.17%安だったが、TOPIXは0.50%高である。指数の勝敗ではなく、中身の入れ替わりが起きている。
保険会社が銀行より買われた理由は、負債の性質にある。保険会社は数十年先の支払い義務を抱えており、割引率が上がるとその現在価値が縮む。金利上昇は保険会社にとって負債の目減りを意味する。皮肉なのは、その保険会社が超長期債を買い控えていることが、今回の25年から40年の歪みを生んでいる点である。
シナリオ表——9月18日をどう迎えるか
| シナリオ | きっかけ | 金利 | 為替 | 効く資産 |
|---|---|---|---|---|
| 本命:日銀0.25%利上げ | 9月18日の決定会合。金利先物はほぼ完全に織り込み済み | 短い年限が上昇。10年債は3%台で高止まり | 織り込み済みのため円高は限定的。むしろ材料出尽くしもありうる | 銀行・保険に追い風。REITと債券ファンドに逆風 |
| 強気の円:さらに踏み込む | 0.25%を超える利上げ、または連続利上げの示唆 | 2年債が一段高。カーブは平坦化 | 150円台前半を試す展開 | 輸出関連に逆風。円建ての外貨資産は目減り |
| 据え置き | 物価や賃金の弱さを理由に見送り | いったん低下。ただし超長期の需給問題は残る | 160円方向へ戻る | 介入警戒が再燃 |
| 超長期だけが崩れる | 生保・銀行の買いが戻らず、入札が弱い結果になる | 25年〜40年だけ上昇し、歪みが拡大 | 直接の連動は薄い | 超長期債ファンドの基準価額が大きく下落 |
個人投資家のチェックリスト
- 債券ファンドの残存期間を確認する。金利が1%ポイント上がると、平均残存が20年のファンドは価格がおよそ20%下がる。日本の超長期は3週間で二度も過去最高を更新した。「安全資産」で損が出る理由は信用リスクではなく期間リスクである
- 住宅ローンは変動と固定で当たる場所が違う。変動は短期プライムレート、つまり政策金利に連動する。今回0.25%の利上げがほぼ織り込まれており、ここから当たるのは変動のほうだ。固定はすでに10年債の上昇を反映済みである
- 為替ヘッジ付きの外債ファンドを持っているなら、いま計算し直す。ヘッジコストは内外の短期金利差でほぼ決まる。日本国債が3%を出す今、ヘッジ後の外債利回りは相対的に見劣りする。実際に8月22日までに約3兆円の対外債券の売り越しが出ており、2022年以来の大きさである
- 円建てで外貨資産を持つなら、1日1.27%の円高が何を消すかを見ておく。9月3日の円高幅は、外債の1年分の利息をおおむね打ち消す規模だった
- 「入札失敗」「記録的暴落」という言葉を鵜呑みにしない。9月3日の30年債入札は応札倍率3.79倍で12カ月平均を上回っている。記録なのは日本の超長期の利回り水準であって、需要の消滅ではない
金利水準ごとに資産の並び順がどう変わるかは別稿で整理したとおりで、個人向け国債と預金の比較はこちらで扱っている。
この記事で使わなかった言い方
取材の過程で確認できなかった、あるいは誤りと判明した表現を残しておく。
- 「世界的な記録破りの債券暴落」。主要通信社はいずれもこの表現を使っていない。実態は多くの市場で「数十年ぶりの高さ」であり、記録なのは日本の超長期だけである
- 「長期債主導の売り」。米国については誤り。動いたのは短い年限で、30年債はほぼ動いていない
- 「9月3日にドイツとフランスが52週高値を付けた」。9月3日は欧州3市場とも利回り低下の日で、ピークは9月1日から2日である。取得した気配値の表示に引きずられた誤りだった
- 「円キャリー取引の巻き戻しが原因」。主要通信社の解説はこの要因に触れていない。確認できる経路は本国への資金回帰とヘッジ後利回りの比較である
- 20年債・5年債の「過去最高」。いずれも約30年ぶりの高さであって記録ではない。20年債の史上最高は1990年9月の7.749%である
主な参照
- 国債金利情報・入札結果・発行計画/財務省
- 金融政策決定会合の日程と政策金利/日本銀行
- 米国債の年限別利回り(コンスタント・マチュリティ)/米財務省
- ユーロ圏消費者物価指数の速報/Eurostat
- 各国利回りの水準と背景/Bloomberg、Reuters、CNBC、日本経済新聞
データ基準日:日本国債は2026年9月1日・2日の財務省公表値および9月3日の入札結果。米国債は9月2日までの終値。欧州は9月1日から2日。日本株と為替は9月3日の東京市場。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。金利・為替・株価は常に変動し、債券ファンドは金利上昇局面で元本を割り込むことがある。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。















