米国務省は21日(米国時間)、サウジアラビアに駐在する一部の政府職員と家族に退避を命じた。理由はイエメンの親イラン武装組織フーシ派による攻撃の拡大である。これまで戦争の危険は、原油の通り道の問題だった。今回は産油国そのものに危険が及んだと米政府が認めた形だ。北海ブレント原油は22日のアジア時間に1バレル110ドル台へ上げ、米国産のWTIとの価格差は12ドル前後に開いている。
問われているのは、この上げが一時の反応で終わるかどうかである。日本の原油の約6割はサウジとアラブ首長国連邦(UAE)産だ。要点を5つに絞る。
- 退避命令:対象はサウジの職員と家族のみ。国務省は湾岸全域への拡大報道を否定した。
- 価格差11.67ドル:12月物どうしのブレントとWTIの差。1年前は3.63ドルだった。
- 運賃7倍:ゴールドマンによると原油の平均運賃は1年前の3ドルから20ドル超に上がった。
- 日本の59%:8月の原油輸入のうちサウジ産とUAE産を合わせた比率である。
- 見立て:1〜4週のブレントは横ばい圏を基本に50%、上振れ30%、下振れ20%とみる。
1. 退避命令は「通り道」から「産油国」への移動
結論:市場が織り込む戦争の危険は、海峡の通航からサウジの国内へ広がった。
根拠:国務省の報道官は、緊急でない職員と家族への退避命令を出したと声明で述べた。フーシ派が空港などの重要インフラを攻撃し、民間人に死傷者が出ていることを理由に挙げた。BBCによると、21日には東部ダンマンのキング・ファハド国際空港で1人が死亡し、8人が負傷した。UAE国境に近いシャイバ油田では、迎撃した無人機の破片で2人が死亡した。
攻撃は紅海側だけでなく、湾岸側の空港と油田にも及んでいる。アルジャジーラによると、報道官は湾岸全域の大使館で退避を準備しているとの報道を「不正確」と否定した。一方、ロイターは米当局者4人の話として、他の湾岸諸国の公館も家族の退避を命じる見通しだと伝えている。
次:退避命令がUAEやクウェートに広がるかを見る。広がれば、危険の範囲が湾岸全体に及んだと読む。
2. ブレントとWTIの差は「近い月」に集中している
結論:海上で取引される原油だけが高い。差の大半は、いますぐ届く原油の不足を映している。
ブレントとWTIの価格差(12月物どうし、ドル/バレル)
読み方:差は1年前の3倍を超える。10月12日に13.79ドルまで開き、15日に9.42ドルへ縮んだ後、再び広がった。出所:Yahoo Financeの限月別日足(ブレント12月物、WTI12月物の清算値)から本誌が計算。
根拠:21日の清算値はブレント12月物が108.82ドルでほぼ横ばいだった。WTI12月物は0.67ドル安の97.15ドルで、3日続落である。差は11.67ドルになった。
同じ日の1月物どうしの差は9.61ドルにとどまる。ブレントは12月物と1月物の差が3.75ドルあり、WTIの1.69ドルの2倍を超える。
なお、一部で報じられた「WTIが4.6%安」は、満期を迎えた11月物の清算値との比較である。同じ12月物で比べた下げは0.7%にすぎない。スポット価格の差がさらに大きい点は、2011年と比べた記事で扱った。
次:1月物どうしの差が12ドルを超えれば、不足は先の月にも広がったと判断する。
3. 運賃7倍が価格差を押し広げる
結論:米国の原油は余っていても、運ぶ費用が中東産との差を埋めない。
根拠:ゴールドマン・サックスは20日付のリポートで、原油の平均運賃を分析した(ロイター)。1年前の1バレル3ドルから20ドル超になったという。中東航路は35ドルを超える。上昇分の半分以上は、ホルムズ海峡の戦争保険料と洋上での積み替えの費用だという。同行は、運賃高が油種間の価格差を広げると指摘している。
同行の基本シナリオは、ブレントが2026年末に90ドル、2027年平均で80ドルだ。いまの110ドル台との差は20ドルある。ただし運賃の高止まりや施設への攻撃は、予想の上振れ要因だと明記している。
米エネルギー情報局(EIA)の週間統計では、米原油在庫が306万バレル減った。市場予想の82万バレル減を上回る減少である。
次:超大型タンカーの運賃が下がり始めるかを見る。下がれば、価格差は縮む方向に向かう。
4. 日本の原油は紅海の南の出口を通る
結論:日本にとって問題は価格だけではない。サウジ産の出荷経路そのものが攻撃の圏内にある。
根拠:資源エネルギー庁の石油統計速報によると、8月の原油輸入は1,236万キロリットルだった。サウジ産が420万キロリットルで34.0%、UAE産が314万キロリットルで25.4%を占める。合計は59.4%になる。中東依存度は60.7%で、前年同月より35.1ポイント低いが、なお6割だ。
サウジは東西パイプラインで原油を紅海側のヤンブーへ送り、そこから積み出している。日本向けはバベルマンデブ海峡を南へ抜けるのが最短の経路だ。日本経済新聞によると、同海峡を通った原油は10月上中旬に日量49万バレルまで減った。経路の詳細は12日の記事にまとめた。
22日11時39分(日本時間)のブレントは110.55ドルだった。ドル円157.91円で換算すると1バレル約1万7,460円になる。次:ヤンブーの積み出しが止まったとの報道が出るかを最優先で見る。
5. 1〜4週の見立てと、見方を捨てる線
結論:基本は横ばい圏だ。退避命令は危険の格上げだが、供給の実害はまだ確認されていない。
ブレント12月物は10月30日に満期を迎える。期近は1月物に替わり、表示上はそれだけで3〜4ドル下がる。そこで水準は1月物で示す。1月物は22日11時39分(日本時間)に106.57ドルだった。
| シナリオ | 確率 | ブレント1月物 | 引き金 |
|---|---|---|---|
| 横ばい圏(基本) | 50% | 100〜112ドル | 攻撃は続くが、ヤンブーと東西パイプラインは稼働を保つ |
| 上振れ | 30% | 112ドル超、120ドル試し | ヤンブーの出荷停止、紅海でのタンカー被弾、退避命令の湾岸諸国への拡大 |
| 下振れ | 20% | 100ドル割れ | サウジとフーシ派の停戦、ホルムズ海峡の通航回復 |
見方を捨てる線:1月物の清算値が2日続けて112ドルを上回るか、100ドルを下回れば基本シナリオを取り下げる。前日までの値動きは21日の記事を参照してほしい。
30秒まとめ。米国のサウジ退避命令で、戦争の危険は産油国そのものに及んだ。ブレントとWTIの差は近い月に集中し、運賃高と東側の不足を映す。日本は輸入の約6割をサウジとUAEに頼り、ヤンブーの出荷が最大の分かれ目になる。
主な参照
- 国務省の退避命令と声明、ダンマン空港とシャイバ油田の被害/BBC(10月22日)
- 報道官の声明、湾岸全域の報道の否定、他公館の見通し/アルジャジーラ(ロイター配信を含む)(10月21日)
- アジア時間の原油先物、21日の清算値の前日比、EIA在庫/ロイター(ニューズウィーク日本版掲載)(10月22日)
- 12月物の清算値(ブレント108.82ドル、WTI97.15ドル)/リグゾーン(ブルームバーグ配信)(10月21日)
- ゴールドマン・サックスの運賃分析と価格予想/ロイター(インフォシーク掲載)(10月21日)
- 8月の原油輸入と国別内訳/資源エネルギー庁「石油統計速報」、LNEWS(9月30日)
- 東西パイプラインの送油量/パイプライン・アンド・ガス・ジャーナル(ロイター配信)
- バベルマンデブ海峡の原油通航量/日本経済新聞(10月22日)
- 限月別の先物価格とドル円/Yahoo Finance
データ基準日:2026年10月22日11時39分(日本時間)。ブレント110.55ドル、WTI98.33ドル、ブレント1月物106.57ドルは取引時間中の値で、清算値ではない。ドル円157.91円は同日11時49分の値である。108.82ドル、97.15ドルなど21日の値と価格差の推移は清算値で、価格差は本誌の計算だ。輸入比率は速報値で、確報で改定されることがある。シャイバ油田への攻撃の主体はサウジ当局が明らかにしていない。他の湾岸公館の退避見通しはロイターの報道で、国務省は確認していない。ゴールドマン・サックスのリポートはロイターの報道に基づく。確率と水準は本誌の判断で、将来の価格を保証しない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。
アイキャッチ画像:「The Seavigour oil tanker (2017)」Kees Torn撮影、Wikimedia Commons(CC BY-SA 2.0)をトリミングして使用。
















