市場はこう信じている——決算の良し悪しは、一株当たり利益(EPS)が事前予想を上回ったかで決まる、と。8月20日に2026年5〜7月期(FY2027第2四半期)を発表したウォルマート(NYSE:WMT)は、その基準なら合格だった。調整後EPSは0.81ドルで市場予想(各社報道ベース)0.74ドルを上回り、売上高1,879億ドルも予想を超え、通期ガイダンスまで引き上げている。それでも株価は同日、114.30ドルから103.84ドルへ9.15%下げた。今日はこの通説を証言台に立たせる。
通説の陳述:EPSビート説の、最も強い形
通説側の言い分を、いちばん強い形で聞く。EPSは株主に帰属する最終利益を株数で割った数字であり、投資家の取り分そのものだ。アナリスト予想は多数の推計の収束点で、上回るとは市場の持つ情報より実態が良かったことを意味する。通期の調整後EPS見通しも2.75〜2.85ドルから2.80〜2.87ドルへ引き上げられた。米決算のハードルが上がり続けている局面で上回ったのだから価値がある、と。
だが、本当か。EPSは損益計算書のいちばん下の一行にすぎず、上から下へ降りる途中で何が起きたかは書かれていない。5つの尋問を行う。どれも決算リリースと決算短信だけで再現でき、1銘柄15分で終わる。
尋問1:上から下へ降りる間に、符号は何回変わったか
証拠を見よう。売上高1,879億3,700万ドル(+5.9%、為替一定+5.1%)、営業利益93億8,300万ドル(+28.8%)、税引前利益80億1,200万ドル(−14.0%)、法人税等14億8,300万ドル(−31.6%)、連結純利益65億2,900万ドル(−8.7%)、親会社株主に帰属する純利益63億6,600万ドル(−9.4%)。GAAPのEPSは0.80ドルで、前年同期0.88ドルから9.1%減っている。
図:営業利益は+28.8%、その一段下で符号が反転する
読み方:損益計算書を上から下へ並べている。売上は+5.9%、営業利益は+28.8%と伸びているのに、そのすぐ下の税引前利益で−14.0%へ反転している。**営業より下で何かが起きた、という断層がここに見える。**調整後EPSは0.81ドルで市場予想0.74ドルを上回ったが、GAAPベースのEPSは−9.1%である。見出しの「ビート」がどの行の話なのかを確かめる、というのが本稿の第1の検査だ。
営業利益が3割近く増えているのに、一段下の税引前利益は14%減っている。この断層こそheadline EPSが教えない情報だ。正体は持分投資等の評価損益で、前年同期の20億6,600万ドルの益が当期は9億4,700万ドルの損へ振れた(連結キャッシュ・フロー計算書の「Investment (gains) and losses, net」)。約30億ドルの逆風が、本業と無関係な場所で吹いた。
よくある誤読を潰す。「関税還付で純利益が水増しされた」は事実誤認である。関税還付は売上総利益率を押し上げて営業利益を増やした側の要因であり、純利益を減らしたのは営業外の投資評価損だ。一過性の追い風が営業段階に、逆風が営業外段階に同時に立ち、EPSという一行では両方とも見えない。
公平のために言えば、通説側には再反論がある。「だから調整後EPSがある」。実際0.81ドルは持分・その他投資の評価損益(+0.12ドル)と未認識税務ベネフィットの変動(−0.11ドル)を除いて算出されている。だがこれは関税還付を除外していない。除かれたのは営業外と税務であり、営業段階の追い風は残ったままだ。反論は半分しか成立しない。
尋問2:営業キャッシュフローは、その利益を裏書きしているか
利益は見積りの塊だが、現金は嘘をつきにくい。検査は営業キャッシュフロー÷純利益で、1.0倍を継続的に割る会社は帳簿上の利益が現金になっていない。上期(2〜7月)は営業CF 197億1,000万ドル÷連結純利益120億1,900万ドルで1.64倍、前年同期は1.56倍。悪化していない。この尋問では通説側が勝つ。
ただし一段掘る。フリーキャッシュフローは55億ドルで前年比14億ドル減。営業CFが14億ドル増えたのに、設備投資が114億900万ドルから141億8,100万ドルへ24.3%膨らんだためだ。「営業CF比率は合格だがFCFは減った」という二段構えの読みが要る。その投資が将来の利益を作るのか守りなのかは、この検査では判定できない。
尋問3:その追い風は、来年も吹くか
今回の追い風には法的な裏付けがある。米連邦最高裁は2026年2月20日、Learning Resources, Inc. v. Trump(No. 24-1287、No. 25-250と併合)で、IEEPA(国際緊急経済権限法)は大統領に関税賦課を授権していないと判示した。これを受けて還付が始まり、同社CFOは約29億ドルが還付対象でほぼ全額受領済み、未受領は1億ドル弱と説明している。二度と繰り返さないことが司法判断で確定した、教科書的な一過性項目だ。
検査の作法を一つ。29億ドルという金額は、決算リリース本文には一行も書かれていない。あるのは「tariff refunds」の語だけで、金額は経営陣の説明で出た数字だ。よって「29億ドルが営業利益を押し上げた」と断定してはいけない。書けるのは「売上総利益率が96bp改善し、会社は主因を関税還付と説明している」まで。一過性項目は金額の出所が財務諸表か口頭説明かを、必ず分けて記録する。
一過性のフラグは、税金の還付・固定資産や有価証券の売却益・為替の振れ・訴訟和解金・保険金の5系統で足りる。為替の実演材料も同じ決算にある。International部門は為替が営業利益を1億ドル押し上げ、報告ベース売上高+12.8%が為替一定では+7.9%、営業利益+16.6%が+5.7%まで落ちる。為替一定ベースが併記されていたら、そちらが本体だ。「一過性でも現金は現金だ」という再反論は正しいが、評価倍率が掛かるのは継続利益である。一度きりの利益は倍率ではなく、現金残高として1回だけ評価される。
尋問4:売掛金と在庫は、売上と同じ速さで増えたか
売上より速く売掛金が増えれば、売れたことにしてまだ回収していない疑いが立つ。在庫が売上より速く積み上がれば、売れ残りが値引きとして次期の粗利を削る。どちらも損益計算書より先に貸借対照表へ出る。売掛金は110.8億ドル(前年105.2億ドル、+5.3%)で売上の+5.9%より遅い。合格だ。一方の在庫は616.0億ドル(同577.3億ドル、+6.7%、為替除き+6.0%)で売上をわずかに上回り、CF計算書上の在庫による資金流出は26.6億ドルと前年の6.6億ドルから約4倍に膨らんだ。
売掛金は合格、在庫は要観察。白黒がつかないのが実際の決算の姿だ。この程度の超過で売りを判断するのは行き過ぎだが、記録は残す。閾値はこう置く。在庫の伸びが売上の伸びを5ポイント以上上回る状態が2四半期続いたら赤信号。在庫が価格を直撃する業種では、この時間差がそのまま株価の落差になる(メモリ市況の反転局面が典型例だ)。
尋問5:伸びているのは本業か、それとも隣の事業か
最後の尋問が今回いちばん重い。米国既存店売上(燃料除く)は+2.6%で、前年同期の+4.6%から鈍化した。内訳は客数+1.5%、客単価+1.1%、うち約510bpはECの寄与——実店舗の足元はさらに薄い。一方で隣の事業は走っている。広告事業は全社+38%(Walmart ConnectはVIZIO分を除き+43%)、会費収入は全世界+17%、ECは+23%。セグメント営業利益はWalmart U.S. 81億ドル(+20.6%)、Sam’s Club U.S. 7億ドル(+44.3%)である。
ここに構造がある。広告と会費は小売本体より粗利率がはるかに高く、構成がそちらへ寄れば既存店が鈍っても全社の利益率は上がる。長期の強みであると同時に、短期には本業の減速を覆い隠す化粧としても働く。市場の判定は明快だった。9%下げの引き金はEPSでも売上高でもガイダンスでもなく、既存店+2.6%が市場予想(各社報道ベース、3.67%)を大きく下回ったことだ。上方修正しても、質の悪いビートは売られる。米銀決算が予想を上回りながら売られた局面と構図は同じだ。市場はheadline EPSを見ていない。尋問5に相当する部分を見ている。
日本株で同じ検査をするとき、どこがずれるか
この5検査は米国基準の損益計算書を前提にしている。日本株に当てるときは、5か所で作法が変わる。日経平均とTOPIXの二極化のように指数の中身が割れている局面ほど、この差が銘柄選別に効く。
1|3層構造と、一過性項目の「住所」
日本基準の連結決算短信のサマリー情報には、売上高・営業利益・経常利益・親会社株主に帰属する当期純利益の4欄が並ぶ(東証の作成要領の参考様式)。米国基準にない層が経常利益だ。経常利益は営業利益に営業外損益(受取利息・支払利息・為替差損益・持分法投資損益など)を加減したもので、その下に特別損益が来る。税引前当期純利益=経常利益+特別利益−特別損失、当期純利益=税引前当期純利益−法人税等。そして特別損益はサマリー情報に出てこない。添付資料の連結損益計算書を開かないと見えない。
| 一過性項目 | 日本基準の区分 | 経常利益に含まれるか | どこを開けば見えるか |
|---|---|---|---|
| 為替差益・為替差損 | 営業外収益/費用 | 含まれる | 連結損益計算書の営業外損益の内訳 |
| 受取利息・支払利息、持分法投資損益 | 営業外収益/費用 | 含まれる | 同上 |
| 固定資産売却益・投資有価証券売却益 | 特別利益 | 含まれない | 特別損益(サマリーには非掲載) |
| 受取保険金、訴訟和解金(受取側) | 特別利益 | 含まれない | 同上 |
| 減損損失、構造改革費用、災害損失 | 特別損失 | 含まれない | 同上 |
| 法人税等還付税額 | 法人税等(税引前より下) | 含まれない | 税金費用の内訳・注記 |
この表から誤解が一つ潰せる。「経常利益を見れば一過性は除ける」は成り立たない。為替差益は特別利益ではなく営業外収益であり、経常利益にすでに含まれている。円が大きく動いた期の経常利益は、その分だけ嵩上げされている。逆に税金の還付は特別損益ですらなく、法人税等の区分に出る。なお米国基準に特別損益に相当する区分がないのは昔からではない。FASBが2015年1月9日公表のASU 2015-01でextraordinary itemsを撤廃した結果だ(2015年12月15日開始事業年度から適用)。IFRSもIAS 1で異常項目の区分表示を禁じる。
2|第1四半期には、尋問2ができない
日本株最大の落とし穴だ。東証の作成要領は、第1・第3四半期の四半期決算短信について四半期連結キャッシュ・フロー計算書の開示を省略でき、作成しない場合は減価償却費の注記で代替してよいと定める。営業CF÷純利益は1Qでは計算できない銘柄が多く、中間期か通期まで待つしかない。代替策は四半期連結貸借対照表から売掛金・棚卸資産・買掛金の前期末差分を拾い、運転資本の増減を概算すること。営業CFは再現できないが、利益が運転資本に吸われているかは判定できる。
3|会社予想・コンセンサス・進捗率
米国の「予想」はアナリスト予想の集計値だが、日本で語られる「予想」は会社自身が出す業績予想であることが多い。性質がまるで違う。東証は2012年3月21日付の実務上の取扱いで、業績予想を出さない場合の一律の事前相談・理由開示の要請を廃止しており、開示形式も特定値・レンジ・定性的記述のいずれでもよい。開示自体が義務ではない。
しかもその会社予想には構造的な保守バイアスがある。東証が運営する「東証マネ部!」は、100の利益が出せそうな場合に70もしくは80程度の計画を期初に公表する慣行があると明言する。進捗率(累計利益÷通期計画×100)の目安は1Q 25%・中間50%・3Q 75%だが、同メディアは注意点を3つ挙げる——期初計画が保守的、季節性がある、進捗90%でも期後半の損失を見込んで上方修正を出さないことがある。結論として、日本株の「上振れ」は米国株の「ビート」より情報価値が低い。上振れたかではなく、何で上振れたかを尋問1〜5で確かめる。
4|業績予想修正の開示基準:10%と30%
乖離が一定を超えれば修正開示の義務が生じる。JPXの「上場会社向けナビゲーションシステム」FAQは、軽微基準の判定比率を売上高「1.1以上又は0.9以下」、営業利益・経常利益・親会社株主に帰属する当期純利益「1.3以上又は0.7以下」と明記する(根拠は有価証券上場規程第405条第1項・第3項、同施行規則第407条各号)。売上高±10%、各利益±30%と覚えればよい。
細かいが重要な点が3つ。第一に、30%基準は「利益」1本ではなく3つの利益それぞれに独立にかかり、どれか1つでも抵触すれば開示義務が立つ。第二に、比較の基準は直近に公表された予想値であって期初予想ではない。期中に修正していれば修正後の予想が新しい基準線になり、予想未公表の会社は前期実績が基準だ。「予想を出していない=サプライズが読めない」ではなく、前期実績が暗黙の基準線として機能する。第三に、薄利企業向けの軽微基準の特例は405条の予想修正には適用されない。利益率の薄い会社ほど30%基準は発動しやすい。
5|IFRS採用企業では、経常利益が消える
東証が2026年7月31日に公表した集計では、IFRS適用済み297社・適用決定20社・適用予定1社の計318社。2026年6月末時点でこの318社の時価総額は708兆円、東証上場会社の時価総額1,384兆円の51.2%にあたる(プライム市場では250社・52.6%)。社数では少数派でも、時価総額では過半が経常利益を開示していない。IFRS用参考様式は「売上収益/営業利益/税引前利益/当期利益」構成で経常利益欄がなく、営業利益と税引前利益すら連結財務諸表上で開示する場合に記載する扱いだ。2027年からIFRS第18号で営業利益の定義が統一されると伝えられるが、日本基準の経常利益との断絶は残る(適用時期は二次情報のため原典を確認されたい)。
生き残った主張と、死んだ主張
5つの尋問を終えた。何が立ち、何が崩れたかを整理する。
| 主張 | 尋問 | 判定 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 営業利益+28.8%だから本業が絶好調 | 1・3・5 | 死亡 | 追い風は関税還付。米既存店(燃料除く)は+2.6%へ鈍化 |
| 関税還付が純利益を水増しした | 1 | 死亡 | 純利益減の主因は営業外の投資評価損(+20.66億→−9.47億ドル) |
| 調整後EPSなら一過性は除けている | 1・3 | 部分生存 | 投資損益と税務要因は除外済み。関税還付は除外されず |
| キャッシュフローが劣化している | 2 | 死亡 | 営業CF÷純利益1.64倍、前年1.56倍から改善 |
| 在庫に問題はない | 4 | 保留 | 在庫+6.7%が売上+5.9%を上回る。CF上の流出は約4倍 |
| 質の悪いビートは売られる | 5 | 生存 | ガイダンス上方修正でも株価−9.15% |
評決
「EPSビート=良い決算」という通説は、7対3で否定側に傾いた。EPSが予想を上回ったという陳述自体は事実として正しく、動かない(3割)。だが投資判断の入力としての情報量はほぼゼロだった(7割)。一過性の追い風と逆風が別々の段で同時に立ち、両方がEPSという一行で相殺されて消えていたからだ。市場が9%売ったのは、その下に埋まっていた既存店+2.6%を掘り出したからである。
実務ではこう使う。決算発表の直後、5つだけ拾う——①売上高・営業利益・税引前利益・純利益の前年同期比(符号が変わる段を探す。差が5ポイント以内なら飛ばす)、②営業CF÷純利益、③一過性項目の名前・金額・出所(財務諸表か口頭説明か)、④売掛金と在庫の伸びと売上の伸びの差、⑤本業指標と高採算事業の伸びの差。所要15分。揃わないうちは、EPSがどれだけ上振れても判断材料にしない。
再審条件:この評決を覆すデータ
評決を出した以上、覆る条件も明示しておく。いずれも観測可能で、判定の日付が決まっている。
- 第3四半期(8〜10月期、11月発表)で米既存店(燃料除く)が3.5%以上へ戻り、関税還付の寄与なしで営業利益が二桁増——「本業の減速」判定を取り消し、評決を5対5へ戻す。
- 営業CF÷純利益が2四半期連続で1.0倍割れ——尋問2の無罪判決を破棄し、質の劣化を主論点へ格上げする。
- 在庫の伸びが売上の伸びを5ポイント以上上回る状態が2四半期継続——尋問4の「保留」を有罪へ変える。
- 関税還付の第2ラウンドが発生——一度きりのはずの項目が反復するなら、尋問3の前提そのものが崩れる。
練習台はすぐ来る。8月26日(米国時間)引け後にエヌビディア(NASDAQ:NVDA)が決算を出す。プレビューで整理したとおり、見るべきはEPSの上振れ幅ではなく、営業利益と純利益の乖離、キャッシュフロー、在庫、セグメント構成の変化だ。同じ5つを同じ順番で当てればよい。
この検査で分からないこと
不正の発見ではない。これは「利益の質の低さ」を見つける手順であって、粉飾を暴く手順ではない。意図的な会計操作は、こうした一般的な検査を通過するよう設計されているのが普通だ。異常を見つけたら「質が低い」と記録するところで止め、それ以上の推定はしない。
「一過性」を毎年出す会社がある。構造改革費用や減損を毎期のように特別損失へ計上する会社では、それは常設コストだ。過去3〜5年分の特別損益を並べ、3年に2回以上出ているなら除外しない。逆に、逆風のほうが一過性であることもある(今回の投資評価損がそれだ)。剥がすなら両側を剥がす。片側だけの調整は、調整しないより歪む。
質の検査は、買いの理由にならない。全問合格でも倍率が高ければ買う理由にはならず、逆に質が低くてもすでに織り込まれていれば機会になりうる。検査は入力であって結論ではない。配当を軸に日米を比べる場合のように、投資目的が違えば同じ決算から引き出す結論も変わる。
セグメント開示の粒度は会社が決める。尋問5は開示された区分でしか実行できない。区分をまとめた会社や期中に変えた会社では前年同期比が成立せず、その場合は「判定不能」と書いて先へ進む。
主な参照|ウォルマート Q2 FY27 決算リリース/米連邦最高裁 Learning Resources, Inc. v. Trump 判決/日本取引所グループ 決算短信 作成要領等、IFRS適用状況/JPX 業績予想の修正FAQ/東証マネ部!/stockanalysis.com/CBS News。データ基準日:2026年8月22日。
本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任で行っていただきたい。
















