2020年3月9日の月曜日、ロンドン。サウジアラビアとロシアの協調減産が決裂し、北海ブレント原油は1日で2割以上崩れた。ロイターは当時、「1991年の湾岸戦争以来の大きな下げ」と伝えている。米エネルギー情報局(EIA)が集計するブレントの現物価格は、その週の金曜までの5営業日で29.3%下がった。
それから6年半後の2026年11月6日金曜、ブレント先物は98.32ドルで週を終えた。1週間前の117.64ドルから16%を超える下げである。ロイターは、この週の下落率を「新型コロナウイルスの大流行が始まって以来の大きさ」と伝え、値幅ではLSEGのデータがさかのぼれる1988年以降で最大だとした。奇しくも、同じ物差しの上に2つの週が並んだ。本稿では2020年の鏡に今週を映し、何が同じで何が違うのかを確かめる。
今週、何が起きたのか
週の値動きを日付で追う。10月30日金曜、ブレント12月物は117.64ドル、WTI(米国産標準油種)12月物は104.12ドルで取引を終えた。週明けに米中間選挙の結果が固まり、11月4日水曜に民主党が上下両院を制すと、原油は戦争の出口が近づいた合図と受け取った。この日、両油種はともに8%を超えて下げ、8月31日以来の安値で清算した。
5日木曜は反発した。ペルシャ湾でタンカーの被害報告が相次ぎ、ブレント1月物は3.67ドル高の98.29ドル、WTIは2.40ドル高の90.52ドルで終わった。6日金曜はブレントが3セント高の98.32ドル、WTIが31セント高の90.83ドルと、ほぼ横ばいで週を閉じた。週間の下落率は、ブレントが16.4%、WTIが12.8%である(いずれも本誌計算)。
1点だけ注意がいる。ブレントは10月30日に12月物が満期を迎えたため、週の起点は12月物、終点は1月物である。限月が替わった分だけ下落率は大きく見える。ロイターは「17%」、CNBCは「16%超」と書いており、数字の差はこの扱いの違いから来ている。WTIは同じ12月物どうしの比較で、約13%安で一致する。週の前半の動きは1991年の湾岸戦争と比べた記事で扱った。
2020年と2026年の対照表
歴史を持ち出すなら、同じ点と違う点を並べなければならない。下の表は、2020年3月の暴落週と今週を同じ項目で比べたものだ。
| 項目 | 2020年3月(9〜13日の週) | 2026年11月(2〜6日の週) | 同じか、違うか |
|---|---|---|---|
| 週の下落率 | 現物で29.3%安(45.60→32.25ドル) | 先物で16.4%安(117.64→98.32ドル) | 今回のほうが小さい |
| 引き金 | サウジとロシアの協調減産の決裂 | 米中間選挙と、イラン戦争の終結への期待 | どちらも「供給の前提」が変わった |
| 需要 | 新型コロナで世界の需要が急減 | 需要の急減は起きていない | 違う |
| 供給 | 産油国が増産に動き、原油があふれた | ホルムズ海峡の通航はなお細く、船の被害が続く | 正反対 |
| 週の終わり | 下げ止まらず、翌週も20.8%安 | 木曜に反発し、金曜は横ばい | 今のところ違う |
| 産油国の対応 | 4月12日に過去最大の協調減産で合意 | OPECプラス有志7カ国の次回会合は11月29日 | 今回は様子見 |
最も大きな違いは供給の向きである。2020年の下げは、需要が消えたところに産油国が増産をぶつけた結果だった。原油が余ることがはっきりしていた。今週の下げは、戦争が終わるかもしれないという期待で、価格に乗っていた「戦争の上乗せ分」がはがれた動きだ。原油そのものが余っているわけではない。この違いは、下げのあとの道筋を大きく変える。
ブレント現物価格の月末値(2020年1月〜2026年11月3日)
読み方:2020年の暴落は需要の消失によるもので、現物価格が2020年2月の水準(55ドル前後)に戻ったのは2021年1月だった。2026年は戦争で現物価格が急騰し、足元は上乗せ分がはがれる途中にある。出所:EIA(米セントルイス連銀FRED)、月末値は本誌抽出。現物価格は先物の清算値と異なる。
当時、その後に起きたこと
2020年の暴落週のあとを時系列でたどる。ブレントの現物価格は3月13日の32.25ドルから翌週20日には25.55ドルへ下げ、3月31日には14.85ドルまで落ちた。OPECとロシアなど非加盟国は4月12日、日量970万バレルという過去最大の協調減産で合意した。それでも現物価格は4月21日に9.12ドルまで下げている。減産の合意は、需要の穴を埋めるには遅すぎた。
当時の教訓は、需要が消えた下げは産油国の対応でも止まらない、ということだった。ブレントの現物価格が2020年2月の水準を回復したのは翌2021年に入ってからである。逆に言えば、需要が残っている下げは、供給の側にもう一度不安が出れば短期間で戻り得る。
「今回は違う」論の検証
大きく下げた週の比較(週間騰落率)
読み方:今週の下げは大きいが、2020年3月の2週続けての急落には及ばない。2020年は翌週も下げが続いた。出所:EIA(現物)、ロイター・CNBC・DTN(先物の清算値)、本誌計算。
今回は違う、と言える根拠は3つある。1つ目は海峡である。英国海事貿易オペレーション(UKMTO)は、日曜以降だけで少なくとも5隻の船が被害を受けたと伝え、ロイターによれば10月の被害は35隻と開戦以来で最も多かった。CNBCによると、イランは木曜にホルムズ海峡でさらに3件のタンカー攻撃があったと伝えている。原油の通り道が細いまま、価格だけが戦争の終わりを先取りしている。
2つ目は在庫である。EIAの週間統計では、10月30日までの1週間で米国の原油在庫は86万5,000バレル減り、ロイターの事前調査の積み増し予想に反した。ディーゼルなどの留出油在庫も360万バレル減っている。3つ目は見通しの分かれ方だ。調査会社ラピダン・エナジーのボブ・マクナリー氏はCNBCに、戦闘が再開する確率を80%とみて、両油種が100ドルを超え得ると述べた。ユーラシア・グループは緊張が高まればブレントが110〜125ドルに上がり得るとしている。
公平のために言えば、下げを支持する声もある。ロイターによると、リスタッド・エナジーのジャニブ・シャー氏は「需給で見れば原油市場は供給過剰の状態へ緩みつつある」と述べた。中東産原油の現物の上乗せ幅は開戦前の水準に戻ったとも伝えられている。トランプ大統領は、和平合意かイランへの攻撃かを「近く決める」と語った。イランはカタールを通じて核をめぐる提案を米国に送ったと報じられている。合意に至れば、上乗せ分はさらにはがれる。
歴史が示す3つの教訓
- 下げの理由が需要か供給かで、その後が分かれる。2020年は需要の消失で下げが続いた。今回は需要が残っており、供給の不安が戻れば反発の余地がある。
- 産油国の会合は、価格を止める道具として遅れがちだ。2020年の減産合意は暴落週から1カ月後だった。11月29日のOPECプラス会合を待つ間に、価格は別の材料で動く。
- 暴落週の翌週は、方向が確定しない。2020年は翌週も20.8%下げた。今回は木曜に反発した。韻は踏んでいるが、同じ旋律ではない。
今回固有の監視点と見通し
本誌の見立てを示す。今後2週間のブレント1月物は、92〜105ドルの往来が本線で、確率は50%とみる。戦闘の再開や海峡での大きな被害で105ドルを上抜ける確率は30%、米イランの合意が具体化して90ドルを割り込む確率は20%とする。この見立ては、ブレントが終値で90ドルを割った時点で取り下げる。その場合、上乗せ分のはがれが本格化したと判断する。
| シナリオ | 確率(本誌) | ブレントの目安 | 引き金 |
|---|---|---|---|
| 往来 | 50% | 92〜105ドル | 協議は続くが合意も攻撃もない。海峡の被害は散発的 |
| 再上昇 | 30% | 105ドル超 | 米国の攻撃再開、または海峡での大きな被害 |
| 下げ再開 | 20% | 90ドル割れ | 米イランの合意が具体化し、海峡の通航が戻り始める |
監視点は4つある。第一に、ホルムズ海峡を通る船の数と被害の報告。第二に、トランプ大統領の「決断」の中身。第三に、ベーカー・ヒューズが6日に公表した米国の石油掘削リグ稼働数は463基と1基増え、2025年5月以来の多さになった。米国の増産の勢いは、上値を抑える側の材料になる。第四に、11月29日のOPECプラス会合である。有志7カ国は11月1日、12月の生産水準を9月と同じに据え置くと決めている。
日本の読者にとっての接点も記しておく。資源エネルギー庁の調査では、11月2日時点のレギュラーガソリンの全国平均は1リットル170.0円で、前週から0.1円下がった。11月5日からの補助金は1リットル51.9円で、店頭価格は補助金で170円前後に抑えられている。今週の原油安が店頭に表れるかは、補助金の扱い次第になる。6日の東京市場でINPEX(1605)は4.64%安の3,413円で終わった。INPEXと原油の関係はこちらの記事で扱っている。
主な参照
- 11月6日の清算値、週間の下落率、コロナ以来の下げ、市場関係者の発言/ロイター(Yahoo Finance掲載)
- 11月6日の清算値、タンカー攻撃、ラピダンの見方/CNBC
- 11月5日の清算値、ユーラシア・グループの見通し、船舶の被害件数/ロイター(Investing.com掲載)
- 10月30日の清算値/DTN
- ブレントの現物価格(2020〜2026年)/EIA(米セントルイス連銀FRED)
- 米国の原油在庫(10月30日終了週)/ロイター(BOE Report掲載)
- 石油掘削リグ稼働数(11月6日)/ロイター(BOE Report掲載)
- 2020年4月12日の協調減産の合意(日量970万バレル)/OPEC
- OPECプラス有志国の決定と次回会合/OPEC
- ガソリン価格と補助金/資源エネルギー庁 燃料油価格定額引下げ措置
- INPEXの株価(11月6日)/Yahoo!ファイナンス
データ基準日:2026年11月6日(米東部時間)の清算値。2026年の価格はICEブレント先物とNYMEX・WTI先物の清算値で、取引時間中の値は含まない。ブレントの週間下落率は12月物(10月30日)と1月物(11月6日)を比べた本誌計算で、限月の切り替えを含む。2020年の数値と長期チャートはEIAが公表するブレントの現物価格で、先物とは水準が異なる。2020年の減産合意の規模はOPECの発表による。タンカー被害のうちイラン側の発表には第三者の確認がないものを含み、イランの核提案は報道ベースである。シナリオの確率は本誌の判断であり、将来の価格を保証しない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。















