11月4日水曜、ロンドンの夜明け前。開票速報が米国から流れ込むなか、金の値札が4,000ドルの線に触れた。ニューヨーク商品取引所の金先物(期近)は日本時間15時44分に1トロイオンス4,026.4ドル、前日の清算値3,940.4ドルから2.18%高い。民主党が上下両院を握るという報道が、ドルと米金利を押し下げた。その裏返しで、金が買い戻された一日である。10月30日に付けた安値3,879.3ドルから、わずか3営業日で3.8%戻したことになる。
ただし、この数字だけでは物語の半分しか語れない。金は1月末に史上最高値を付け、そこから3割近く落ちてきた。4,000ドルは「戻った場所」であると同時に、何度も攻防が繰り返された場所でもある。今日の上げは、その長い下り坂の途中で起きた。
その瞬間:開票速報と4,000ドル
米国の主要テレビ局は、民主党が下院に続いて上院でも多数派を握ると予測した。NBCとCBSの速報によれば、選挙前の勢力は上院が共和党53対民主党47、下院が219対214。メーン州では共和党の現職、スーザン・コリンズ上院議員が議席を失った。一部の選挙区はまだ当確が出ておらず、これは各局の予測であって確定した結果ではない。
同じ頃、債券市場では安全資産への買いが入っていた。CNBCは米東部時間3日22時24分(日本時間4日12時24分)、米10年債利回りが約5bp低い4.902%、2年債が約6bp低い4.55%と伝えた。ロイターによると、米東部時間4日0時42分の時点でドル指数は101.34、0.37%安。ナスダック100先物は一時2%を超えて下げ、AI関連株が売りを主導した。株が売られ、ドルが売られ、金利が下がる。金にとっては、条件のそろった夜だった。
専門ニュースのキットコは、ロンドン時間の早朝に「金現物が4,000ドルの最初の抵抗線を試している」と報じた。記事に登場したペッパーストーンの調査責任者クリス・ウェストンは、上げの理由を一言にまとめている。「ドル安、実質金利の低下、そして守りの需要の組み合わせだ」。
金価格の9カ月:最高値から4,000ドル回復まで
読み方:最高値からの下げは10月下旬に加速し、FRBの利上げ観測が強まった直後に底を付けた。4日の反発は、選挙結果を受けたドル安と金利低下による。出所:ロイター、CBS、米連邦準備理事会、ワールド・ゴールド・カウンシル、CNBC、Yahoo!ファイナンス。
巻き戻し:5,590ドルから3,879ドルまで
時計を9カ月戻す。1月末、金現物は史上最高値を付けた。ロイターは1月29日に「5,591.61ドル」と報じ、CBSは1月28日付で5,589.38ドルと記録している。日付の違いは時差によるもので、おおむね5,590ドル前後というのが共通した理解だ。先物の高値は5,586.2ドル。今日の4,026.4ドルは、この先物高値から27.9%下にある。
下り坂の後半は急だった。本誌は10月30日の記事で、3,900ドルの床が抜けた日の投げ売りを追った。先物はこの日、3,879.3ドルまで下げている。米連邦準備理事会(FRB)が10月28日の会合で政策金利を3.75〜4.00%に据え置きつつ、クック理事とハマック・クリーブランド連銀総裁の2人が0.25%の利上げを主張した直後のことだ。利上げ観測が強まれば、利息を生まない金には逆風になる。11月2日の「最高値から3割安」の記事は、この局面を2013年の急落と重ねて読んだ。
だが、坂の下で金を拾い続けていた買い手もいる。ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)が11月3日に公表した7〜9月期の需要動向によると、中央銀行の購入量は321.2トンで前年同期比42%増、金ETF(上場投資信託)への流入は211.2トンだった。需要全体は1,368.6トンで1%減。7〜9月期のロンドン市場の平均価格は4,262.2ドルである。中国人民銀行は9月末時点で金準備を7,747万オンスとし、23カ月連続で積み増した。
つまり、価格が崩れたのは買い手が消えたからではない。投機の売りと金利の重さが、公的部門の買いを上回っていた。今日の反発は、その天秤が一晩だけ逆に傾いた結果とみることができる。
対立軸:「利上げ不要論」と「逃避の終わり」
この反発をどう読むか。キットコの記事には、正反対の2人が並んでいた。
一人はタスティライブの先物・為替戦略責任者クリストファー・ベッキオだ。民主党が議会を握れば、財政の拡張にもAI投資にもブレーキがかかり、FRBは利上げをしなくて済むかもしれない。そうなれば実質金利の上昇は止まる。ベッキオは「実質金利は相当苦しい立場に置かれる」と述べた。実質金利が下がるほど、金を持つ機会費用は小さくなる。金の買い手にとっては追い風の筋書きである。バウデン・キャピタルの創業者ジェン・バウデンも、金は「政策当局が膨らむ債務に金融緩和で応じるリスクへのヘッジ」だと語っている。
もう一人は、マーケットゲージのチーフ・マーケット・ストラテジスト、ミシェル・シュナイダーだ。彼女の見方は冷たい。「金への逃避の流れは壊れた」。シュナイダーは3,940ドル近辺を支持線とし、そこを割り込めば3,500ドル、さらには2,500ドルまでの下落もあり得ると指摘する。キットコ自身も、上昇の勢いを取り戻すには4,000ドルの回復が必要だと書いた。
2人の違いは、何を主役とみるかにある。ベッキオは金利を見ている。シュナイダーは値動きの形を見ている。前者が正しければ、今日の上げは下り坂の終わりの合図になる。後者が正しければ、それは坂の途中の踊り場にすぎない。
同じ頃、東京では
日本の店頭にも、その波は届いた。田中貴金属工業が4日14時に公表した金の店頭小売価格(税込)は1グラム2万2,166円、前営業日の9時30分の価格から205円高い。買取価格は2万1,809円だった。上げ幅は0.9%で、ドル建ての先物の2%強に届いていない。比べている時間帯が違ううえ、田中貴金属の価格は14時時点のもので、その後のドル建ての上げはまだ反映されていない。円建てで金を持つ日本の投資家にとって、今日の戻りの全体像は5日朝の公表価格で確かめることになる。
同じ田中貴金属の発表で、プラチナは1グラム8,012円と309円安、銀は288.42円と4.29円安だった。先物市場では銀も上げていたが、店頭価格の算定時刻の違いもあり、国内の小売価格には反映されていない。東京の株式市場では、日経平均株価が一時3,000円を超えて下げた。リスクを避ける動きが、株から金と債券へ、という教科書どおりの順路をたどった一日だった。
エピローグ:残された問いと、次の日付
4,000ドルの上で、金はまだ一夜を越していない。答えを出すのは、これから来るいくつかの日付だ。
最初は11月6日金曜、米東部時間8時30分(日本時間22時30分)の10月雇用統計である。米国は11月1日に冬時間へ移り、日米の時差は14時間になった。雇用が弱ければ、ベッキオの「利上げ不要論」に裏付けが付く。次は11月10日火曜の10月消費者物価指数(同じく日本時間22時30分)。そして12月8〜9日の連邦公開市場委員会(FOMC)で、10月に2人が求めた利上げが多数派になるかどうかが決まる。中国人民銀行の10月末の金準備は、例月の公表パターンからみて週末にも出る見通しで、24カ月連続の積み増しとなるかが焦点になる。
問いは一つに絞られる。今日の上げは、議会の勢力図が変わったことで金利の天井が見えた、という構造の変化なのか。それとも、開票の夜の不安が生んだ一晩の買いなのか。シュナイダーの言う3,940ドルが守られるかどうかが、その最初の答えになる。金の値動きをシナリオと水準で追う分析は、今後の見通し記事で扱う。
主な参照
- 金現物の4,000ドル試しとアナリストの発言/キットコ(2026年11月4日)
- ドル指数・米10年債利回り・株価先物(米東部時間4日0時42分)/ロイター(Yahoo!ファイナンス転載)
- 米国債利回りの低下(米東部時間3日22時24分)/CNBC
- 中間選挙の開票と予測/NBCニュース、CBSニュース
- 史上最高値/ロイター(ビジネス・レコーダー転載)、CBSニュース
- 7〜9月期の金需要動向/ワールド・ゴールド・カウンシル
- 中国人民銀行の金準備(9月末)/マイニング・ウィークリー
- 10月28日のFOMC声明/米連邦準備理事会
- 国内の金・プラチナ・銀の店頭価格/田中貴金属工業
- 雇用統計・消費者物価指数の公表日程/米労働統計局
- 金先物の価格(期近)/Yahoo!ファイナンス
データ基準日:2026年11月4日、日本時間15時44分の取引時間中の気配値(金先物・期近)。終値ではない。前日比の基準は11月3日の清算値。史上最高値は現物の日中値で、報道機関により数値と日付に差がある。下落率は先物の高値5,586.2ドルとの比較で本誌計算。米国債利回りとドル指数は報道時点の取引時間中の値で、時刻を本文に記した。中間選挙の結果は報道機関の予測にもとづくもので、確定していない。中国人民銀行の10月末データの公表日は例月の傾向からの見通しで、公式の日程ではない。国内の店頭価格は田中貴金属工業の4日14時公表値。アナリストの発言は英語からの本誌訳。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の商品の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。











