金曜の朝、スマホの為替アプリを開く。ドル円は159円33〜39銭。きのうも、その前の日も、ほとんど同じ数字が並んでいた。今週のドル円は、私たちが給油や海外通販のたびに気にするあの数字が、めずらしく動かない1週間だった。だが動かない画面の裏側で、二つのことが同時に進んでいる。今夜23時(日本時間)、ジャクソンホールでウォーシュFRB議長が就任後初の講演に立つ。そしてゴールドマン・サックスが、日銀が来年夏までに3回利上げするという新しい見通しを出した——これは、私たちの住宅ローンの話である。本記事のデータ基準日は2026年8月28日(日本時間)。
なぜ動かないのか:159円の「箱」を分解する
海外金融機関の朝の市況ノートは、きょうも「静かなアジア時間か」と書き出している。ドル円は一目均衡表(日本生まれの相場分析法)の転換線158.90円と基準線159.57円——ざっくり言えば直近の値動きの短期的な中心と、もう少し長い期間の中心——のあいだに挟まれ、さらに外側では200日移動平均線158.41円と100日移動平均線159.99円という、過去半年〜1年の「平均的なドル円」の帯の内側にいる。頭上の160.63〜162.51円には「雲」と呼ばれる過去の売買が積み重なった抵抗帯が浮かび、下では1時間足の小さな雲159.18〜24円が、このところ床として機能してきた。つまり上にも下にも、値段が素通りしにくい層が何重にも重なっている——これが「動かない」の正体だ。
もう一つの重しがオプションの期日だ。きょうは158.00〜50円に約24億ドル、159.50円や160.50円超にもまとまった行使価格の期日が置かれている。期日近くの大口オプションは磁石のように価格を引き寄せ、また防戦の売買を呼びやすい——もっともノートは「きょうはオプション自体が主役ではない」と付け加えている。金利の世界でも同じ凪が続く。日米の金利差は2年物で2.51%、10年物で1.75%。円を売ってドルを持つだけで受け取れた「金利差の家賃」は、日米の中央銀行が逆方向を向き始めたこの夏、着実に縮んでいる。昨夜の米指標も相場を動かさず、一昨日の米PCE(FRBが重視する物価指標、7月分)も総合3.7%・コア3.3%と予想並みかやや強い程度で通過した。市場は今夜のウォーシュ講演の前で、息を止めている。
ゴールドマンの新見通し:日銀は9月・1月・7月に利上げ、着地点は1.75%
その静けさの裏で、ゴールドマン・サックス・リサーチが日銀の政策見通しを書き換えた。「私たちのエコノミストは、想定する政策経路を9月・1月・7月の利上げを含む形に修正した。ターミナルレート(利上げの着地点)は1.75%である」。現在の政策金利は1.00%だから、来年夏までに0.25%刻みで3回、計0.75%の引き上げを見込むということだ。9月17〜18日の日銀会合は、その第一歩になる。
ただしゴールドマンは、これが円高への特効薬になるとは言っていない。「9月に利上げを実行すれば、円とJGB(日本国債)への目先の圧力はある程度回避できる。しかし修正後の経路全体は現在の市場の織り込みから大きく離れておらず、より持続的な円安圧力を食い止めるには、(国内への資金還流を促すような)他の取り組みへの依存が残ると私たちは考える」。翻訳すれば——利上げはもう値段に入っている。円を本当に支えるには、GPIFなどの資金を国内へ呼び戻す「レパトリ(資金還流)」の後押しが要る、という診断だ。7月末の日米共同介入と片山財務相の年金発言以来、当局が模索してきた方向と同じ矢印である。
「1.75%」を家計に翻訳する
ターミナルレート1.75%という数字を、私たちの財布に置き換えてみる。変動金利の住宅ローンは、日銀の利上げが(銀行の判断を経て)数カ月遅れで乗ってくるのが通例だ。仮にゴールドマンの経路どおり3回の利上げがそのまま変動金利に転嫁された場合、借入4,000万円・35年・元利均等・現在0.60%の想定で、返済額は次のように階段を上る(編集部試算。実際の適用金利と反映時期は金融機関ごとに異なる)。
| 時期(GS想定の利上げ後) | 想定変動金利 | 月々の返済額 | 現在との差 |
|---|---|---|---|
| 現在(政策金利1.00%) | 0.60% | 105,612円 | — |
| 9月利上げ後(→1.25%) | 0.85% | 110,140円 | +約4,500円/月 |
| 来年1月利上げ後(→1.50%) | 1.10% | 114,788円 | +約9,200円/月 |
| 来年7月利上げ後(→1.75%=着地点) | 1.35% | 119,556円 | +約13,900円/月・年約16.7万円 |
年17万円弱。これが「ターミナル1.75%」の家計側の値札だ。もっとも硬貨には裏面もある。利上げは定期預金の金利をじわじわ引き上げ、そしてゴールドマンの言う通り市場がすでに織り込んでいるなら、ドル円が159円の箱に留まる限り、ガソリンや輸入食品の値札が為替でさらに悪化することもない。問題は、その均衡が「利上げしてもなお円安圧力が残る」という不安定なものだと、当のゴールドマンが言っている点にある。だからこそ当局はレパトリという次のカードを探り続けている——月曜前後には財務省が7月30日の共同介入の正確な金額を公表する予定で、円防衛のコストが初めて数字で見える。
今夜23時、動かない画面が動くとすれば
この凪を破れる材料は、当面ひとつしかない。今夜23時のウォーシュFRB議長のジャクソンホール講演だ。会議初日はFRB高官のタカ派的な発言がいくつか伝わった程度で、9月利上げ論がくすぶり続けている。議長が物価警戒を強めれば金利差の縮小シナリオが揺らぎ、159円の箱は上に割れやすくなる。沈黙に徹すれば、市場の視線はそのまま9月17〜18日の日銀会合——ゴールドマンの言う「第一歩」——へ移る。箱の上辺は基準線159.57円と100日線159.99円、下辺は1時間足の雲159.18〜24円と転換線158.90円。週末の給油前にアプリをもう一度開くとき、この数字のどちら側にいるかで、来週の景色は少し変わる。日々の値動きの続きは為替(FX)の最新記事一覧で、159円とガソリン170円のつながりは先日の稿で追っている。
主な参照資料(本記事で引用した外部ソース)
- ゴールドマン・サックス・リサーチ:日銀政策見通しの修正(2026年8月・編集部入手、本文引用は編集部訳)
- 海外金融機関の朝の市況ノート(2026年8月28日・編集部入手)——一目均衡表・移動平均・オプション期日・金利差の各水準の出典
- Bloomberg(bloomberg.com):米7月PCEの結果(8月26日)
- TradingKey(tradingkey.com):コアPCE前月比+0.2%・予想並み(8月26日)
- カンザスシティ連銀(kansascityfed.org):ジャクソンホール会議(8月27〜29日)
データ基準日:2026年8月28日(日本時間)。ドル円の水準・テクニカル値は同日朝の市況ノートおよび提供チャートデータ(EBS・日足/1時間足)に基づき、住宅ローンの数字は前提を単純化した編集部試算である。ゴールドマン・サックスの政策見通しは同社の見解であり、実際の日銀の決定を保証しない。
本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買や借り換え等を推奨する投資助言ではない。掲載した数値は2026年8月28日(日本時間)執筆時点のもので、為替・金利は今夜のFRB議長講演や経済指標で急変し得る。実際の判断は最新の公表値を確認のうえ、自身の責任で行う必要がある。











